響く思考。@LABYRINTH OF UNDERCOVER “25 

日本のファッションブランドUNDER COVERの回顧展に行ってきました。東京オペラシティで開催中のLABYRINTH OF UNDER COVERです。
まだやっている展示会なので見に行く予定で見たくない人は回避してくださいね。

まだ生きてる人なのに回顧展って言うのだなぁ、と思いながら見てました。このブランドは1990年に立ち上げ。
2002年からパリコレ参加の高橋盾さんがやっているブランドです。
 

ファッションの展示は6月のMcQueenぶり。UNDER COVERは特別思い入れがあるブランドというわけではないけど、全部のコレクションは見ていて服も少しだけ持ってて。彼の世界観は面白いなぁ、と思うくらい。
ただ、コレクションラインの服を生で見れる機会というのはなかなか巡り会えないので、是非見てみたいと思っていました。
 

入ってすぐ。今までのDMやショーのインヴィテーションなどが壁一面に。
撮影不可だったのですが、会場すぐの場所に今までのショーの映像ブースがあって、サーカスの天幕がとにかく素敵だった。
 

完成したクリエイションをみて、何を感じるかはひとそれぞれで。
この「洋服」をみて「商品」と感じるか「作品」と感じるかもそれぞれ。
休日に行ったのに人が少なくとても観やすく撮影もOKだったので、とにかくいろんな角度から見ました。
もちろん触ってはいけなかったのですが、思わず触れたくなるような質感。
 

光学迷彩?とか思わず口走ってしまった。。。
ほんとはグリーンのアーガイルです。
 

赤のタータンもあって、画面の向こうで見ていたものが目の前にあってドキドキした。
McQueenと比較するつもりはないのだけど、良い意味で比較して見てしまいました。
高橋氏の脳内はまっすぐで気持ち良い。裏原系とか最初は言われてたけど、そうやってカテゴライズして枠にはめようとする人の言葉に耳を貸す必要もなく。
売るためには必要なのかもしれないけど、じゃあ「高橋盾系」とうものになればいいんだ、と思うのです。
 

美しさの基準はひとそれぞれで、何が良い、悪いではなく。
あなたは何をしたいのですか?という事に尽きるし、その命題を再現するために必要なのが技術と資金。
理解させようと思考を分解してわかりやすく提示するのではなく、そのまま組み上げてぶち撒けた思考みたい。
純粋で複雑で美しい。
 

会場の壁面に「We make noise, not clothes」とあったのがとても印象的だった。
noiseっていい言葉ですね。
 

noiseって摩擦だと思うんです。
摩擦って大事。音楽も呼吸も、物事が静止している状態も、動いている状態も、すべて摩擦が関係している。
Ωです。

摩擦は二つの物質が存在しないと生じない。

僕と、あなたです。と、言われているよう。
 

摩擦が起きるって良い事だと思う。
心の中がざわついて、心が揺さぶられて、不安になったり、感動したり、悲しくなったりする。
凪の状態を一瞬でも作ることは良い事だけど、「静止」という状態は何も作用していない状態ではなく力が均衡に保たれているということだから。(物理学的にだけど)
やっぱりそこは、何もないわけじゃない。
 

心に中に何が在りますか?って聞かれているみたい。

いろいろ在りますよ、って答えられる自分でいたい。
いつだって引き出しの鍵をかけてない状態でいたい。
その中のものを喜んで取り出せる余裕がある自分でいたい。
 

物を作るというのは持続し続ける精神力と体力が必要で。
1年に2回も世界的規模で数万人の人を一斉に感動させるというのは並大抵のことではないと思う。

McQueenはそこから外れてしまったのだけど、やりたいことだけをやって評価されたいわけじゃないんだと思う。
自分が挑戦したこと、最終的に見たい世界があって、そこに行き着くまでの過程なんだと思うけど。
高橋氏の世界は直線的で面白い。
個人の視点が太くまっすぐ伸びている感覚だった。

最近のコレクションで、その視線が変わったのかな、と思ったものがあって。
実際の作品を見て本当に素晴らしいと思った。
 

2015-16 A/W「HURT」。(ここから詳細見れます)
ちょうど展示を見に行っていたMichaël Borremansの絵を服に使います、と聞いてから見たコレクションだったのでちょっと気になっていたのですが。
こう来たか、、、、、と衝撃だったのです。
 

痛い。これは痛い。
見ているだけで全身がゾワゾワしているような感覚。でも、透明なマスクは笑っているのです。
内面を表面に押し出して作り上げるようなやり方はとても好きなので。

どちらかというとモチーフがキャッチーで 2004年のbutbeautiful的なイメージが強かったのでびっくり。
(作家コラボはずっとやっているのですが、ヤンシュヴァンクマイエルの時は作家世界そのまんまだったので)

痛い、けど、壁に投影された光の破片がとても美しく。
これ、ずっと見ていられるなぁ…と思いました。
 

そして最後の今季コレクション「Grace」。ショーを行わず写真と絵本で展開するという面白い試み。
"The Beginning of The End"というもので。クリーチャーが可愛い…。。。

モノクロで撮りましたが鮮やかな造花の中で複数の手や目や、脳が楽しそうに遊んでいるのはなんだか牧歌的で面白かったです…。

で。そのあと急いでもう一個展示を見てきました。こちらは撮影NGなので写真なし。
花屋さんとお花のスタイリングデザイナーである盒彊蠡紊気鵑離疋ュメント的な展示「Regard Intense」です。実は子供の頃毎日見ていた花のカレンダーが盒彊蠡紊気鵑離好織ぅ螢鵐阿任△襪斑里蝓△咾辰り。

写真自体はとても小さくて、デジタルで撮られたもので。欲を言えばフィルムで見たかった。

彼女の花の作品はデジタルでも良いけどこういう「生き方」に焦点を絞った展示で、彼女のひととなりを表現するものとしてはちょっと弱いかな、と。
でも、映像作品がとにかくよかったです。音楽も綺麗でした。
雨の夕方に見るものとしてはとても綺麗でした。
 


一人の人間が作り出せるものに限界はあるけど、その「一人」の枠をどうやって変えていくか、がクリエイションの幅なんだと思う今日この頃です。
共同制作というのは僕は向いていなくて、なんでも全部自分でやりたがるのだけど。
一緒に作りたいというよりは、最終的な「作品」や「制作意図」の裾をもっと広げたいな、って思いました。
 

だーれもいない丸の内のイルミネーション。二人だけの世界みたい。
雨だと地面にも写り込んで倍綺麗です。
 

古いNikonのレンズのカクカクしたボケが好きです。
綺麗な正円は要らなくて、綺麗なコーティングも要らないし、カリカリの芯も要らない。
それが必要な時もあるけど、自分の日常の写真にはそういうハイスペックは要らなくて。

なんとなく不揃いだけど、どこか綺麗だな、と思えるようなあったかいもの。
でも、「癒される」ような暖かさじゃなくて。
どうしようもない寂しさや矛盾を知っているからこそ、触れたくなるような同じ目線のもの。
 

 
自分は誰かや何かを救うことは出来ないけど、はみ出した人や、ものや、気持ちに寄り添うことは出来ると思う。
優等生じゃないし、社会性もないけど、それでもこうして何とか自分の事を表現して生きていますよ、って。
そして、それが、もしかしたら誰かの何かになるかもしれないけど。
それは、僕の意図したところではなく、その人自身の自由だと思う。

とても良い時間を過ごしました。お付き合いしてくれたスギちゃんありがとう。







以下、お知らせです!

レオン2016年度カレンダー、各シェルター&しっぽTV、各所にて販売します!売り上げは経費を抜き、東京キャットガーディアンの猫たちへ寄付されます。
レオンのような家族を待つ猫たちが幸せでありますように。少しでも力になれたら嬉しいです。
何かのついでに桐島から直接購入することも可能です。
販売スタート!

また、レオンの1年間を2冊の写真集にしました。
こちらは販売はしません。
東京キャットガーディアン大塚シェルターに寄贈してますので、是非見てみてください!

そして、11月下旬に光文社から新書で桐島が写真を担当している東京キャットガーディアンの書籍が発売されます。
なんと、レオンも掲載* もちろんシェルターのあの子たちも掲載されます!
編集部の方が桐島の写真を気に入ってくださり、新書なのに帯も巻頭ページもカラーでたくさん写真を使ってくれました。
(こちらの書籍の桐島分印税は全額をシェルターに寄付させていただきます)

amazonペット部門1位!!ありがとうございます!


 

庭園美術館、改装後。

とってもとっても寒い日。雪にならないのが不思議なんだけど…ってくらいの雨。
 

目黒にある庭園美術館へ行って来ました。
改修工事で長い事閉園していたのですが、去年の秋に久しぶりに公開されました。
しかし、、、建物内は撮影禁止(ごく一部のみOK)なのです。
以前の公開日はPhotoCafeで来ました。あと、STORYPhotoでも何回か撮影しています。
 

ごく一部の、そのちょっとだけ。
エントランスの素敵すぎるタイル。
もう、ここだけ見ても素晴らしいすぎる。
 

ここはお屋敷だったのだと強く想わせる色んな細工。
お部屋ごとの空気窓とか、壁紙の継ぎ目とか、そういう所がホントに美しいのです!!
あー。。。撮影OKの公開日にまた来たいなぁ…!
 

今回の展示は「幻想絶佳」。この時代の絵画がものすごく好きというわけではないのであまり知識が無いのだけど。
金子國義さんのテイストってここら辺から来ているのかなぁ?と感じました。
違うのかもしれないけど。なんか、雰囲気がとても似てて。
こってりした色彩の中の凛とした横顔とエロス。

一枚気になった絵があって。
カンバスの裏面にされたボツ作品。
油絵って気に入らなければ裏返したり塗りつぶしたり出来るから。
それがいい!って人とそれがやだ!って人に分かれて(笑)
桐島は油絵がそれで苦手だったんですけど。やり直せる絵と絵に絵を重ねてゆくのが駄目で。
結局日本画と水彩ばっかやってしまったのですが。
こういう意味深に残された力ある絵を見ると、ドキリとします。
 

本日の目的はそもそも絵画じゃなくて建築とカフェ!!
リニューアルした新館にカフェが入ったのです。
食器がね、、、オリジナルのノリタケ!これがまた素敵で!
 

館内を見た事が在る人ならにやにやしちゃう。
このお屋敷のモチーフ。
 

デザートもオリジナルで、全部の食器が全部可愛い!素敵すぎるー。
(もちろんお味も全て美味しかったです)
 

でも、食器に眼が、行ってしまう!!(笑)
この、ノリタケの絶妙なアールデコの中の和風!素敵だなぁ。。。
 

お付き合い頂いた木桃さん。
襟の繊細なレースもお屋敷とマッチしております。
 

とっても寒いので紅茶が身に染みます。
 

カップの柄も素敵なのですよ。
この食器たち、販売もしてるのです。
 

新館、カフェの前の通路。
雨が降っているような硝子。
今日は雨だったから何か不思議な感じだったけど。
青空で見たらまた違うんだろうなぁ。
初夏とか、テラス席でお庭を見たら気持ち良さそう。
(お庭はまだ絶賛工事中です)
 

今回、初めて公開された部分があって、入り口入って右側ってずっと非公開エリアだったのですが。
そこが公共スペースで開放されたのです!すごい可愛い空間。
あと、そこから中庭が見えるようになってちょっと感動。
緑が無い寒い2月の雨の日だとちょっと味気ないけど、これ、緑ふさふさの時期に見たらまた違うよなぁ。
 

今日の写真はEOSMちゃんでした。最後はiPhone。
この市松模様のサンルームがとても好き。
木桃さんのスカートが可愛いかったので全身撮らせて貰えば良かった…とこの写真を見ながら思いました(遅い)
そして桐島もauaa着てたので撮っとけば良かった(遅い)
…まぁ、休日の桐島なんてそんなもんです。

しかし、平日の雨の日なのに結構な人が来ていました。土日はもっと混むんだろうなぁ…と思うとちょっとげんなり。
素敵な場所だから人気なのは仕方無いのだけど、美術はゆっくりじっくり見たいと思います。
みんなそうなんだろうけどね。地方の美術館に行きたくなります。笑

こんな寒い日は弘前の異人館が恋しくなるなぁ〜と思いつつ、目黒でした。
木桃さん雨の中お付き合い頂きありがとうございました*

 

 

INPUT⇔OUTPUT

去年の秋から年末に向けて展示をいろいろ見たのですが、記す事が出来なかったのでまとめて3つ記載します。
全て終わっている展示なので、自分用に。忘れないように。

 
2014年11月14日〜28日
 

 
どうしても行きたくて、行きたくて、最終日閉幕5分前に滑り込んでなんとか見て来た展示。
この、金色の海のひとつひとつが、シチズンの時計の部品。
ものすごい圧巻。スパイラルホールを埋め尽くす、金の海。
 

 
青の海にしてみたくて、現像してみた写真。
金色だと眩しくて神々しいのに、青だと急に深海の泡みたいに見える不思議。

キャッチコピーというか、展示の思想がとても素敵で。
部品好きとしては一面がパーツで埋め尽くされている空間に立ってみたかった。
 
「時間は光であり、光は時間である」という言葉が、ものすごく残った。
写真を撮っていると「時間」というものを切に気にする。
そして、「光」というものを、もっと気にする。
その2つを、ここの「場」で表現していた。
 

 
青写真のように床に浮かびあがる設計図。
手書きのもので、日本語での書き込みもあってとても美しい。
一つ一つの部品が集まり大きな文字盤を動かし、針を動かし、光という名の「時」を刻む。
時間も、光も、目には見えない。
見えないからこそ、価値があり、表現することに意義がある。
 

ほんとうに大切なものはいつだって目に見えないんだ。って、星の王子さまが言ってたけど。
人の「思想」というものの純度を上げて、上げて、上げてゆくと、目に見える形にすることが出来る。
もしくは美しい旋律の音楽になったり、美味しい食事になったり、手に取れるものにもなる。

この、天皇陛下が使われている物と同じだという懐中時計が本当に美しく。
何億という部品の海の中で只一つの形になった、「時計」だった。
とても誇らしげで、真っ暗な会場の中で光そのものに、僕には見えた。

表現することの純度を上げてゆく大切さ、何を核とするかという問題提起。
光の海の中で、ただ失われるものである「時」を生み出す、時計という思想に触れた5分間でした。

 
2014年12月2日〜12月23日
 

会期がとても短く行けるかどうか…と思っていたのだけど、早起きしてオープンから30分だけ行ってきました。
エルメスというブランドが生み出す「革製品」にスポットを当てた展示です。
場所も美しく、上野の東京国立博物館 表慶館という素晴らしいスポット。
会場では触れるものも多く、撮影も勿論OK。
普段触れないとってもお高い革をさわさわしてきました。
 

ボンテージジャケット。ぴっちり、美しいライン。
クロコダイルだと思うのですが、こんなに大きな革って…と、元の大きさを想像。
仕立てはもちろんですが、なめしが美しいと思うのです。
クチュール仕立てのトルソーもあって、クラフト感満載。
 

染色した1枚革からどうパーツを切り出すかをLEDで転写するブース。
まぁ、びっくりしますが、中心部分しか使わないのですよね。そりゃそうだ。
端っこは安く売られているのだと思うけど。
革製品て本当に贅沢品。
 

ケリーバッグの職人さんが実際の作業を目の前でしてくれるのですが、それが本当に面白くて。
縫い合わせの具合とか、糸の始末とか、勉強になります。笑
いや、恐れ多すぎるのですが、、、カメラケースとか手縫いで自作したりするので。
とても丁寧で、早い仕上がりで見とれてしまいました。
 

そして、カラフルなエルメスオレンジのBOXが積み上げられたキャッチーな部屋を抜けると、真っ暗な空間に実物大のサイが。
しかもオーストリッチで作られたサイです。
オーストリッチとはダチョウの背中の皮のこと。すんごく希少な高級品です。
そして、サイは絶滅危惧種でありこれまた希少種。サイも革製品になりますが、現在は見ませんね。

この展示を見て、ものごく考え込んでしまいました。
たぶん、考えない人の方が少ないとても分かり易い展示だと思います。

なぜ、僕たちは生きているどうぶつを生きたまま剥いだ皮で作られたこの鞄を笑顔で持てるのだろう。
 

菜食主義者になろう!という動物愛護団体がキャベツを身体に巻いてデモをしたというニュースを見て。
桐島は牛の肉は駄目で、キャベツの葉はどうでもいいのか?と疑問に思いました。
それは、動物性タンパク質を摂る事で牛や馬が可哀想で、野菜は殺してもOKという理論と同じ。
自分以外の全ての命は「自分ではない他の命」であり、虫や目に見えない微生物も命であると思うのです。

じゃぁ、何をも殺せないし、歩く事さえ出来ないし、息をすることだって出来なくなってしまう。
動物だから、いい。とか、植物だから、いい。とかじゃなくて。
種別や種族で命の価値は量れないし、ましてや優劣も無いと思うのです。
 

自分が生きる為にたくさんの命を毎日奪っていること。
他者を殺し、自分が生き延びていること。
それは、胡麻かしようがない事実。
そして、そんなに毎日何かを殺して、自分自身を生かす価値があるのか?という。

これは、答えが出てて。
「価値はない」と考えています。そもそも命に比較すべき「価値」は無く、全ては生まれた瞬間から死に向かう事しか出来ないから。それに、どうこう、という理由が必要なのは人間だけ。
理由が無いと生きて行けないし、「君には価値があるよ」「自分は価値がある」と安心したいだけ。
 

でも、それだけだと他の命を奪い続けて生き長らえることの言い訳には少し足りなくて。
僕は、「価値がある」と思い込む事がどうしても出来ないから。

だから、自分が納得出来るだけの「命のお返し」をすることで、納得させているのだと思う。
この、植物の命を奪って生きるだけの生き方を自分はしているか。
この、動物を殺して生活道具にするだけの、生活をする意味があるのか。
 

革製品は美しいと思う。

それらを手にする時、綺麗なままの風呂の湯を抜く感覚に似ている。
僕しか入っていない、まだ十分に温かく綺麗なこの湯を捨てる、というあの時。
あぁ、もったいないな。と思うからこそ、この湯を「今日の自分はこの湯に入るだけの事をした」と思えるように。

革製品を手にする時、肉を食べる時、野菜を食べる時、何かを手にする時、
自分はこの命と対価を得るだけの事をしたんだ。と、胸を張って言えるように。

そうすることで重み、を置いて。
イヌイットがトナカイを食べて毛皮を得るように。
きちんと向き合って、いけたらいいな。と、改めて思ったのでした。

毛皮の乱用や安い革製品や漫然とした食肉は嫌いです。
だから、自分も漫然としないよう、きちんと生きること。

凄く色々考える美しく素晴らしい展示でした。

 
2014年10月30日〜2015年1月4日
 

友人に教えて貰って行って来た展示会。とても良いよ!と言われて期待して行ったのですが、想像以上に良かったです。
空間のレイアウトの仕方や階段の使い方、光の回し方がとても美しく、かなりな来場だったのにあまりごちゃついた感じがなく、落ち着いてみれました。
目の前に作品しかなく、人の流れが上手く分散されてたからだと思う。
このディール展の直前にティム=バートン展に行ったのだけど、作品がほとんどじっくり見れず、ベルトコンベアのように途切れなく送り続けられる人の流れに気分が悪くなった後なので、余計にそう感じたのもあるかも。
 

フリルのひとつひとつが美しくて、ため息の連続。
人間が着ていたらもっともっともっと、美しかったと思う。
洋服はマネキンが着ていてもまったく美しいと思わない。
だから、目の前のドレスよりも一緒に展示されている写真に目が行ってしまった。
 

ヴェルサイユ宮殿は金ぴかすぎて、あまり興味が湧かなかったのだけど。
この写真とドレスを見て、行ってみたくなった。
金色、の解釈がシチズンとまた違ってとても良かった。
美、という概念の具現化だったり、研ぎすました沢山の思念の頂点の色彩だったりして。
 

対照的に、真っ暗な空間のブラックドレスもとても素敵で。
光を反射しないシックな質感だったり、光を柔らかに変化させるラインだったり。
布、というもので美しさを追求することは、孤独な作業なんだと思った。
 

こちらは香水瓶の封詰めの過程の実演。動物の腸を使った紐で縛っていくのだけど。
なんとも実験室ちっくな空間が美しくて。
背景の白いマネキンとドレスも映像のようにマッチしていました。

エルメスの職人さんがDQの武器屋のオヤジみたいだったのに対してこちらは、サイエンティスト風なお姉さま。
白衣が美しく、職人の手先の動きというのはずっと眺めていたくなる無駄のなさ。
譜面を書いているような滑らかさでした。
 

1950年代のコレクションの映像(モノクロ!)や当時の髪型など。
とても美しく。うっとり眺めてしまったのですが。
やはり、昔の「クチュール」とは特権階級の人間のモノであり、一般庶民が見るものではないし、まして手にするものではない。といった感じ。その気高さが「美」なのだと感じました。

誇らしくドレスを着て、ヴェルサイユ宮殿に凛と立つモデルさんたちの目線と視線が印象的で。
そこに立つだけの努力は勿論、立つ自覚が、全身からみなぎっていて。

それを見て、あぁ、本物は美しいなぁ。と。思ったのでした。

ラビリンスみたいな、会場もとても美しく、漆黒の床は靴の音が綺麗に響いて。
夢の中を旅しているような気分でした。
誰もいない時に行ったら、本当に夢の世界みたいだろうな。

年末に、とても良い展示をいくつも見れて、幸せでした。
僕にINPUTしたこの、美しいものたちを、僕はどうすべきか。
きちんと考えて、きちんとOUTPUTゆこうと思います。

 

降り注ぐ高音域@高木正勝さんミニLIVE.

ずっと聞きたかった音がある。
この人はどういう人なんだろう。何を想っているんだろう。どうしてこんなに綺麗なものを生み出すんだろう。
 

銀座の片隅にある小さなカフェでお昼を食べて。久しぶりの銀座。
少しだけ日差しが温かいと思って、コートは着ないで来たら正解。
風が少し冷たいけど、大きなストールが温かくて。
魔法使いみたい、って言われたグレーのなが〜いマントみたいなワンピースみたいなコートみたいなものを着た。
 

こちらも久しぶり。まだ、変わらない。けど、少しまた変わってた。
フランスアンティーク雑貨のお店が入ってて、貝細工のブローチが素敵だった。
あと、猛禽類好きのおじーちゃんがやってた写真展が印象的だった。
写真は普通なんだけど、そのおじーちゃんの嬉しそうな笑顔が本当に綺麗で。
あぁ、写真っていいなぁ。と思ったんだよね。
 
銀座を抜けて有楽町、丸の内へ。
店頭にある大きなミモザの樹。鉢植えで2万円越え。びっくり。
このミモザは葉っぱがギザギザではなくてオリーブみたいだった。
うちのミモザ、手乗りサイズで380円で買ったもんな…。。。(現在2m近いです)

東京に居ると、時間の感覚や流れや物質量が圧倒的すぎて、正直。金を出せば何でも手に入ってしまうし、豊かになったと勘違いしてしまいそうになる。
もちろんお金は大事だし、必要なものなんだけど。
そうじゃなくて、もっと大切なものがあると思う。

自分の目の前の問題だけじゃなくて、自分が何を以て、生かされているか。
日々の自分が何を殺して、何を得て生きているかを、考えながら歩いてた。

高木正勝さんは2007年か2008年くらいに知って、衝撃だったのを覚えている。
エレクトロニカ、というジャンルを知りもしなかった。
電子系ヒーリング?くらいの知識で。高音のアンビエントみたいな?感じ。

映像と一緒に「Girls」を聴いて。すぐに、色々聴きたくなった。
 

高木さん。
「おおかみこどもの雨と雪」の映像に合わせてというか、画面を見ながら即興に近い感じで弾いていた。
高木さんは譜面を見ないし、手元も見ない。
脚はダンスをしている。眼は閉じている。ときどき、笑う。

ピアノを弾く人を見て、感動するのははじめてだった。

北陸新幹線開通の、富山の紹介のイベントだったのだけど。高木さんの前にやっていた人達は必死に「富山」を宣伝してて。
それは仕事だから当たり前なんだけど、判り易い観光の宣伝をずーっと見せられててちょっと違うなと。
高木さんは「えーと、ぼくは富山は知らないので、言いません。」と苦笑。
え?それでいいの!?と思ったけど、ほんとにそうなんだろうな、と。
 
おおかみこどもの曲を、と言われてたと思うのだけど、他の曲もやってくれて。
でも、途中で曲を止めちゃったり、手が泳いだり。
自由で、綺麗だった。

自由ってなんだろう、と思った。

何もない所では、人は自由を感じれないと思う。
何もない所では、人は感動しないと思う。

音楽の感度を示すインピーダンス、という数値があるのだけど(記号はΩ)、音って本質は摩擦なので何かに抵抗して、響いているわけです(ちょっと大雑把に説明してます)

それは、大気であったり、壁であったり、人であったり。様々。
反響、共鳴、音は其処に存在しようと、抗う。

喜びも、悲しみも、愛しさも、悔しさも、何かに自分の心か摩擦して起こる抵抗値じゃないか、と。

僕はきっと、写真だけを撮って、毎日遊んで暮らしていたら、写真は撮れなくなると思う。
自由はある程度の囲いや摩擦が存在して、抵抗値からの共鳴が生まれる。
 

高木さんの音の余韻にふらふらしながら、有楽町へ戻ってきたら余りの人に目眩。
入ろうとしたビルの入り口を見て、Uターンしてしまった。。。

そして、銀座7丁目まで裏路地を歩いて椿屋本店に行って来ました。
ここも空いては居なかったけど、少し待って入れたので一息。

連休の都会は、恐ろしかった…。。。。やっぱり人が多い所は苦手です。
Meiちゃんがいてくれて良かった。お付き合いありがとうございました*
 

連休前。
迎え盆の夜に、あなたの為にシャンパンを開けました。
ごめん。シャンパングラスは、無かった。笑
でも、とっておきのMoët & Chandon。細かい泡が立ち上って。とても、綺麗だった。

綺麗なものだけを見て、生きてゆきたいけれど。
きっと、本当に綺麗なものは温室で殺菌された薔薇のように汚れていないもの、じゃなくて。
どんなに汚されても、泥の中から咲く蓮のような存在なんじゃないかと。

あなたのことを想いました。
 


絵画展観覧記録@ミヒャエル・ボレマンス

ネコサツ!の前は美術館か展示を見にへ行くと決めているので、今回は品川にある原美術館へ。「ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ」を見てきました。全く初見の方でしたが、トピックスでチラリとみてとても気になる空気感を持つ作家だなぁと思って。
写真家から画家になった、というのも面白いなぁ。というのが見る前の印象。
「木蓮」が特に、見たいと思った。
 

入ってすぐに、一番目当ての「木蓮。」が大きく展示されていて。
当たり前だけど、丁寧に調湿された空間が、なんだかこの絵にすごく似合っていて不思議だった。
枯れた木蓮の背景には、アタリのような線画があちこちに飛び散っていて。
不安定の中の、掴めない何か、のような。でも、絵は完結して終ってしまっている。
少しだけ、透明な危うさに心がざわつく。

初期と後期では作風が少し異なるのだけれど、後記のしっとりした中の静かなる狂気と焦燥と諦めを恐れたような雰囲気がたまらなく好きだった。
写真や画面で見るよりも、ずっとずっと怖い絵で、とても良いと思う。
ニスのてらてらとした輝きが、あんなに美しいと思ったのは初めてだ。
 

目線の合わない絵画、というのが安心して見ていられた。
たぶん、この目線の合わなさが、ヴィルヘルム・ハンマースホイを思い出す。
ボレマンスはドイツの作家でスホイはデンマーク。
ちょっと枷が外れてしまうとゲルハルト・リヒターみたいになると思うけど。笑
静謐な中の決して壊れない内包された「正しい狂気」というのが、とにかく美しい。
スホイはブルーグレイの世界だったけど、ボレマンスはスモーキーなアンバーブラウン。
どちらもニュアンスカラーなのだけど、深みがあって、見ているとだんだん明度が落ちる錯覚を得ることがある。

今回、見ていて思い出した記憶がある。

美術研究所に通っていた頃、小学生の僕が油彩を初めて描いた時の事だ。
それまでの水彩の筆とは全く違う、硬くてゴワゴワした大きな筆。
オイルのどろっとした質感と、あの、におい。
カンバスに絵の具をつけたときの途惑いや、透明になった筆の跡。
植物など一切いないコンクリートのビルヂングの灰色の一室。蛍光灯の灯りの下で一心に石膏デッサンをする大人たち。
初めて研究所に行った日の事もずっと覚えている。6歳だった僕は、とても緊張しながら大人たちに囲まれて無言で林檎の絵を描いた。
子供が一切いない場所で(今思えばなぜ自分がそこにいたのかと…)無言で描く絵が、僕は好きだった。

ボレマンスの絵の筆跡を見ていると、自分の絵を見ているようで。(怖れ多いけどほんとに)
あの、冷たい蛍光灯の研究所を思い出す。
絵と写真は違うけれど、違わない人もいる。
 

何を、どう、表現したいのか。
主軸が自身にあり、明確な迷いを持って作品に対峙し、その結果として完成したものが在るか、否か。

原美術館のヘリンボーンの床のアンバー色が作品ととてもよく似合っていて素敵な空間になっていた。
出た時に、氷の粒のような雪が一瞬降っていたのがとても美しいと思った。


 
東京キャットガーディアン×PhotoCafe桐島ナオ 月イチ*猫撮影会  
↑次回は3月8日(土)↑
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写真展観覧記録@植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ

午前中、「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ −写真であそぶ−」を東京都写真美術館で見て来ました。
植田正治さんはとても好きな写真家です。去年の5月に鳥取の植田正治美術館でいろいろと見てきたので、東京での展示もまたなんだか違ったプリントで。面白い面を見れたような。
植田さんの作品は全て面白いなぁ、と思うのですが好きな作品のシリーズは「音の無い記憶」シリーズだったりします。
砂丘モードとか、家族の光景なんかも好きなんですけど。そこから勿論入ったのですけど。
 

作風とか意図とか世界観とか価値観とか、伝えたいものとか残したいものとか。
そういったものを、どこかへ置き忘れてしまったような、一枚。というものに惹かれる事があります。
写真を撮るには「動機」というものが必要であることが多く、それらを求められる事は当然です。

なんというか。超越してしまった、かのような。一瞬の凪みたいな。

その人らしさとか、人格とか、時間とか、被写体が、何であるか、とか。全く関係無く。

ただの、目の前の光景や、色彩や、光に飲まれてしまったような。
恍惚から、感情だけを綺麗に抜いた写真が、たまにあるんです。

そういう写真を見ると、心臓を掴まれたような感覚になります。
 

お昼はお気に入りの恵比寿にあるデリカフェ。夜はバルになるのです。
色々選べて美味しくてヘルシー系メニュー。午後からお仕事なので飲みませんでしたよー。

植田さんと一緒に並んでいたのはフランスの裕福な家庭に育ったジャック・アンリ・ラルティーグ。
彼の写真をこんなにたくさん見たのは初めてでしたが、いやぁ、まぁ、こんなに裕福だと人生何を考えるのかなぁ。とか思ったりしたけど。笑
なんというか、必死さが痛々しい写真が何枚もあって、とても良かった。

幸せを得てしまうと、それが無くならないように必死になってしまうのだと思う。
それが、自分自身のものではなくて、他者だと余計にそう感じてしまって。
自分は幸せなんだ!!って、確認する為に撮っていたのかなぁ…とも、思いました。

さくまくんが図録を読んでいたので今度聞いてみよう。笑

 

午後のネコサツ!の帰りに素敵な螺旋階段を発見したのでもう一回撮りに行きたいと思います。

日々、スナップを撮ったり、さまざまな写真を撮るけれど。それってやっぱり羅列しただけでは記録にすぎなくて。
それらを、どうするか?という所から始まるんじゃないかな、と思いました。
テーマ性、というものはお題に乗っ取って撮る事や自己の指針から始めるのだと思いますが、最終的には自分を俯瞰し究極の客観視をした時にミルフィユのようになった記憶から必要な1枚だけを抜き出せるもの、なんじゃないかと。

その1枚は何枚かあって、それを並べると一貫したものになる。
でも、それは「こうしよう!」とか「こう伝えたい」とか意図的、作為的なものではなく。
旅の最後に自然と流れ着く漂流地のような、場所。

そういう場所へ流れ着くのか、ただ沈んでしまうのか、丘で楽しく暮らすのか。

何が幸せで、何が求めるべき場所なのかは、ひとそれぞれ。
 

結局、突き詰めるべきは知識でもなく場所でもなく、他者ではなく、自分自身でしか、ない。
自分の価値を認める事、自分の価値なんて無いという事、それが同じ事であるという事。

最終的に何処へ行き着きたいか、なんてまだ判らないけれど。
自分は自身の声に従って、生きてゆきたいと思いました。

こういった展示の方法も、とても素敵で、レイアウトや空間の取り方も見やすく、心地よい空気でした。
ちょっと滑り込みになりましたが、良い意味で険の無い写真展だと思います。
 

そして。帰って来てから、今さっき。写真を撮りました。アネモネです。

ホットワインを飲みながらソファで毛布に包まって、夜通しぼんやりしていることとは。
別に悪い事ではないと思う。

だから、出来るだけ穏やかな思考でいたいと思う。
たまに大泣きして、顔が腫れてもいいし。笑 飲んだ暮れてもいいけど。

最終的には、ゆっくり息を吐く事が出来る自分でいたいな。と思いました。

良いものを見る事は大切だけど、良いものを生み出す事はもっと、大切。
自分が何をすべきか、もっと考える必要があって、時間はもうそんなに無いはず。

冬はベッドを温めてから眠るようにしたら、すぐに眠れるようになりました。
穏やかな気持にしてくれる冬が一番好きです。

あなたの明日が、良い一日でありますように。



 

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石畳にブーツを鳴らして歩こう@北原裕子さん個展

陶芸作家の北原裕子さんの個展にお伺いして来ました。
友人からtwitterつながりで教えていただいた作家さんなのですが、実は数年前に買ったブローチが北原さんの作品!という偶然。
最初は素敵な作品を作られる方だなぁ!と画像を拝見していたのですが、みてゆくうちに「あれ…この質感はもしや!」と。
以前からPhotoCafeのテーブルフォト教室で使用したり、お部屋の中では常に目につく場所で暮していたのですが。
実は遠くに住んでいる友人と二羽を分つ燕なんです。
(PhotoCafeBLOGから転載。この子です)
 

桐島がざらっとした質感の燕。友人がつるっとした燕。
とても大切な友人で、思い入れのある場所で偶然見つけた鳥。
何度もそうやって奇跡みたいな偶然を見つけて、あぁきっと運命なんだなぁ。と思いました。

だから北原さんの展示会には絶対に行きたかったのです。
 

会場は西荻窪のgalerie nonさん。
友人と行ったのも西荻、ブローチと再開したのも、西荻。今回も、西荻。笑
なぜか西荻には縁があるようです。

会場には北原さんの作ったちいさな家が街のように並んでいて。
上の画像の、5倍くらい、家が建設されてました。笑
 

大聖堂を目印にして小道を荷車がはいってゆくと。
石畳の継ぎ目がかたかた鳴って、子猫が路地裏へかけてゆく。
 

高台にあるこの石造りの街は、陽が暮れると家々の橙色の灯りが美しい影絵を描くのです。
美味しそうなスープのにおいと、少し焦げた暖炉のにおい。
そんな、街の形さえ手にとれそうな、作品たち。

桐島の中のイメージは、古き良きトスカーナの一角のような…少しギリシャの海辺が溶け込んだような。
ジブリの魔女の宅急便でオソノさんたちが住む港町のような印象。

革のブーツのかかとを石畳で鳴らして。
どこからか聞こえる弦楽の音に耳を預けながら路地を彷徨う夢を見ていました。
 

こちらはボタンパーツ。ひとつひとつ、すべて違います。すべて表情があり、全てが愛らしい質感。
中にはブローチになっていたり、フェーヴもたくさんありました。
(フェーヴはフランスの ガレット・デ・ロワというお菓子の中に入っている陶器のミニチュアのことです〜)
 

素敵なものの中にはちょっと個性派もいたりして。笑
そんな子たちを見つけるのも、楽しいのです。

とにかく、量がすごくて。
桐島は展示会の終盤にお伺いしたのですが、最初はもっともっとあったのかと思うと眩暈がしそうに…。(でも拝見したかった〜)
 

おうちシリーズがやぱり圧巻で、さまざまなサイズの一戸建てや教会、工場に灯台、塔や納屋まで。
手の中に区画が出来そうです。
ひとつひとつの質感は全く違うのに、なぜかひとつの空間としてなじんでしまうのは。
本来「街」というものはそういう存在なんだな。と改めて思いました。
 

選びきれなくて、桐島。好きな作品を全部買いました。
(いや本音を言えば街ごと頂きたかったのですが。。。)
また次の展示会の時に、家を増やします。
今回はどーしても青い屋根のフラワーベースになっているおうちを連れて帰りたくて。
あと、多肉植物たちのジャングルを開拓して家を建てようと思いました。笑
 

そのあとはワインを飲みつつ、目の前で室内音楽鑑賞会。
フルート・ヴァイオリン・チェロのアンサンブルで、クラシックを中心に有名な曲を拝聴。

桐島はとにかくチェロの方に見入ってしまいました(自分が弾いてるというのもありますが)
安定感のある含み豊かな音色。ピッチカートがほんとに綺麗でした。
うううう。。。来年はチェロも上達したいです。


巡り合わせてくださったhayanoさん。会場でお話ししてくださった北原さん。
本当にありがとうございました。
(購入させていただいた作品は既にPhotoCafeテーブルフォト教室で使わせていただいております!)




パッヘルベルのカノンが、友人を思い出しました。
元気にしてるかな。そっちはもう大雪かな。
また、お手紙書きますね。


 

青山散策と鹿児島睦さん展示。

ずっと気になっている陶芸作家さんがいます。
で、東京で展示をする!というので日程を合わせておうかがいしました!

…の、前にとりあえずランチタイム。
いつも青山というとAtoZに行ってしまって(笑)他のカフェに全くいかないので…たまには!と。
行きたかった青山フラワーマーケット本店のカフェへ。
 
お花屋さんの中にあるカフェ、というよりもお花のコンセプトショップみたいな感じでした。
季節の空間演出、みたいな感じで。写真では見ていましたが実際に見ると圧巻!!
今はハロウィンとコスモスがテーマみたいでにぎやかで可愛い感じです。
 
食事も食べれるお花やフレッシュハーブをもっさり使ってて。すご〜く香りが良い。
見た目も、いい。味も、いい。
なんか女子〜〜!!って感じですけど。笑
きゃいきゃい!!!!な空気だけど、とても素敵な空間だったなぁ。。。
 

今日のカメラはEOSMちゃんの1:1フォーマット。
なんですが、実はレンズをペンタコちゃん用にしてます!!
さすがロシア製がたがたレンズ!!ピントの芯がない!!!!(笑)
 

でも、オールドレンズのゆる〜い感じは嫌いじゃないです。
ツァイスレンズのビシっとしたオールドレンズもいいですが、よくわからない古いレンズも好き。
なんかフィルムで撮ったみたいで柔らかい雰囲気になりました。

やっぱり、デジタルレンズのバシッ!!!っとした感じって、良い時とあまり良くない時があってね。
仕事の時はもちろん解像度ないと困るし(笑)ピントの山が見えないとか問題外だけど(笑)
 

休日は、こんな感じでもいいんじゃないかと、思いました。
ゆる〜〜いけど、なんか、いい。
 

ちなみに、本日の相棒。
見た目はめっちゃゴツくてゆるくないEOSMちゃんです。。。。笑
ペンタコレンズ+ペンタコ⇔EOS用マウントアダプタ+EOS⇔EOSM用マウントアダプタの、Wマウントアダプタがでかい!!!(^^;;;)
でもこれ、45mmの単焦点なんですよ。笑
 

これはiPhoneで撮った写真。インスタで1つフィルタをかけました。

ツールは何でもよくて、自分がどういう写真を撮りたいか。また、どうしてその写真でければいけないのか。
その写真の理由、カメラの理由、選択肢の理由を突き詰めてゆくと、おのずと自分のやるべきことがわかる。
桐島は、そうやっていかないと、写真を撮る意味を見出せない癖があります。
道具は常に自分の手足の延長であり、目であり、脳でなくてはいけない。
写真を撮っていることを忘れるくらい、カメラと脳がリンクしたい。

それには、ファインダーを覗く、という手段が、「入りやすい」のは確か。
だから、ミラーレスというのに気持を込めるのが難しかったのだけど、思い出してみたらカメラにハマったきっかけはデジカメだったなぁ…と。。。笑
そしたら急に楽になりました。笑
 
 

さて。ランチを食べて、いざ展示へ!!
外苑前のdoinelさん。

鹿児島睦さんの展示でございました〜。
ものすごく楽しみにしてました…!!!(><)

わくわくしながら会場に着くと人だかりが…。。。

なんと!!!ご本人のライブペインティングが…!!!

うわうわうわ。。。と、興奮しつつ、、、カメラを構える。
食い入るように見ている人も、動画を撮っている人も、写真を撮っている人も、嬉しそうにしてる。
なんか、重力がないみたいなタッチで書くんですね。

さらさら、と流れて生まれる線。

鹿児島さん…!!!と、めっちゃ見てしまった…。。。
そして、ライブが終わり、わぁわぁ、と作品を拝見したり展示を見ているうちに居なくなられてしまった…のですが。
や、とりあえず拝見出来ただけでほんとに嬉しかった…!!!!

まだ会期中なので多くは書きませんが、鹿児島さんの陶芸作品をテキスタイルに起こしたり、唐紙にしたり、そういった「図案化」に焦点をおいた展示です。
鹿児島さんの思考のプロセスやプリントものの元になった木彫りの判子とかもあって、感動。。。
スタッフさんが、とても丁寧に色々お話ししてくだいました。

僕は陶芸は詳しくないのだけど、バーナード・リーチさんのあたたかみや、リサ・ラースンさんの可愛いらしさ、(陶芸じゃないけど)皆川明さんのようなストイックさを勝手に感じました。
鹿児島さんは鹿児島さんなんですけど…!!!パっと、ネットで作品を見た時に一目惚れしてしまったので…。
実物を見れてほんとに嬉しかったなぁ。。。

うーーーーーん・・・!!!!お皿…欲しい〜〜〜〜!!!!!!(本音)

今日のカメラがこの組み合わせで良かったと思った写真たちでした。
なんか、ほっこりしてて、えぐみのない感じで。
あぁ、鹿児島さんの色彩のようだなぁ。と思いました。

で、青山まで戻って岡本さんちのカフェに行こうかと思って行ってみたら気になるバルを発見して。突入。
ものすごーーーーーくフレンチでした…!!!ほんとに美味しかった…。。。

ミルフィユもソースもサラダもキッシュも美味しかったのだけど…パンが芸術的で感動しました。
思わず食べかけ写真を撮ってしまった…。笑

今度は夜にゆっくり食べに行きたいなぁ〜〜。




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雑記、雑感、雑考。@アンドレアス・グルスキー展

六本木に写真展を見に行って、行くならちょっと下がってキャンティでランチを食べたいね、と思って。六本木交差点を下った時、動きがおかしな鳩が目に入った。
上手く歩けないみたいで、排水溝の所で倒れては起きて、倒れては起きている。

僕は思わず鳩に近づいたけれど、鳩は思いもよらず、飛んでしまった。

でも、遠くまでは飛べないみたいで。
さらに、悪い事に、車道の方へ飛んでしまった。
 

「駄目だよ。野生なんだから。捕まえられるわけないじゃん」と怒られる。

そりゃそうだ。でも、飛べないなら捕まえられると思った。
でも、逃げられてしまった。

諦めなきゃ。捕まえらんないよ。 と諭されて、数歩歩く。 でも、気になる。

鳩は車道によろよろ出て、車が立ち往生している。
あぁ、僕のせいだ。と、思った。

「…やるなら、やりなよ。後悔しないように、すればいいじゃん」と言われて。

僕は少しだけ迷っていたけどガードレールを飛び越えて車道へ出て、鳩を抱きかかえた。
よく、覚えていないけれど、たぶん鳩が飛ぶ瞬間に抱きかかえたんだと思う。

鳥は、苦手で。触るのが怖い。
 

でも、今ここで見なかった事にして行く事は出来ないでしょ。
僕のせいだもの。

抱きかかえてみると鳩は、何処か骨が折れているみたい。
興奮していたからかもしれないけど、首が曲がっていて。
よく歩けていないのは頭を打っているからかもしれなかった。

抱きかかえると鳩は勿論嫌がって羽ばたく。
その元気はあるようで、それでも、飛ぶ事は出来ないみたい。

なんか、「あぁ、この子は死ぬのだな」と思った。
 

鳩を抱えて歩道に戻る。
車の往来を止めてしまったので少し頭を下げた。

それでも、鳩が暴れないようにストールで少し巻いて抱きかかえる。
柔らかい感触が怖かったし、強く抱いたら壊れてしまいそうな羽も怖かった。

とにかく、車に轢かれて、ぐちゃくちゃになって欲しく無い。
僕は、そう思って車道から連れ出した。

車の来ない木陰というか、茂みに鳩を降ろしたら、もう飛ぶ気配は無かった。
苦しそうに転がっているので、茂みの奥へ置いた。

仲間が心配して周りに居たので、ここに気付いてくれると良いのだけれど。と思いながら立つ。
腕に、手に、胸に、イキモノの、感触が残っている。


僕はそのまま立ち去った。


グルスキーの「オーシャン」というシリーズを見て泪が出そうになった。

死んでいるものは悲しくないけれど、生きているものは、悲しいね。

写真の紺色の深い海に、自分が写っているのを
僕は、ぼんやりと見ていた。





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マリオ・ジャコメッリ写真展に行ってきました。

東京都写真美術館で現在開催されている「マリオ・ジャコメッリ写真展」に行ってきました。
ジャコメッリ
写真を見るのは前回の展示以来、2008年なので5年ぶり。
でしたが…昨日のことのように覚えているので久しぶりな感じはしませんでした。


彼の作品はこのポスターにもなっている「神官シリーズ」が有名です。
ハイコントラストのモノクローム。

浮き上がっているかのような浮遊感の中、楽しそうに踊る神官たち。
雪合戦をしていたり、ピクニックシートを拡げたり?楽しそうな雪景色です。

前回見た印象は、その焼き込み方と質感、そして宗教的な世界観と全体の構図やデザイン、神官をモチーフとしているのに煙草を神官に吸わせた写真を発表し、教会を波紋になった…という感じでした。

とても「いいなぁ!」という感じ。
植田正治先生の作品が見たくなったくらいです。

そして、今日見て来た感想は。


ちょっと、精神的に「ホスピス」シリーズがきつかった…です。

特にピンがズレているあの車いす(と思われる)男の黒い目が怖くてしょうがない。
きっと、もっと僕が子供だったら、眠れないと思う。

それと、晩年の詩的な象徴的写真も、怖かった。

神官シリーズはやはり綺麗だったのだけれど、ホスピスシリーズがとにかく怖くて。
気持ち悪くなってしまい、途中座ってしまいました。

たぶん、「死を待つ、死んだ目の人」が僕はどうしようもなく怖いのだと思う。
それを真正面からそのまま撮影し、そのまま突きつけてくる彼も怖い。
そこに「救い」がないから、恐怖を感じる。

美術作品というのは「答えが出ているもの」と「答えを探しているもの」と「答えが見つかりそうなもの」と「今答えを見失いそうになっているもの」と「答えを探す気がないもの」と「全く答えが出ていないもの」があると思う。

「答えを探す気がないもの」というのは聞こえが悪く聴こえるけど、そのままの精神状態をそのままぶつけた作品ということ。
命題に対して追求して作品で答えを模索しているのでもなく、ただ、ただ、作者の精神を反映したもの。という感じ。
僕の中では草間彌生さんもここに入るかも。
昔の奈良さんも此処だったけど、今は「答えが出ているもの」になっている。



どれがエライとか優れているというのではなく、表現方法が違うだけ。

ジャコメッリの今回のホスピスシリーズは、とにかく突き付けるだけ、突きつけられた気がする。
報道写真も結構ダメージくらうのだけど、報道写真は「伝えたい」「状況を変えたい」という意思が強く感じられるから、そこに「救い」があるんだよね。

なんというか。こういう風に思って、あぁ、自分は今、「救い」が欲しいんだなぁ。と思いました。



自分が撮る写真に「救い」は無いと思う。
けれど、自分にとってはものすごく微細なものでも、「答え」が出ていて欲しいと願っている。
きっと、「救いであって欲しい」と思っている。

僕は、ものすごく絶望に打ちひしがれても、光を見たいと思う。
幸せなものを撮りたいと思う。

なんか、それは虫が本能的に明るい方へ行くような感じで。
それが火の粉であっても、知ってても、そうしたいと思う。

ジャコメッリの写真を見て、こんなにぐるぐるするとは思いませんでした。
でも、とても考え深い写真展でした。

写真は、作家のオリジナルプリントで見たいです。
どういう意図で撮影したのか、何を撮りたかったのか。
手焼きのプリントは意思を反映します。

ジャコメッリが生きている間、僕も重ねて生きていた時間があります。
撮影西暦をみて、その年の自分は何をしていたのか、考えたりしました。

ひとつだけ、彼に聞いてみたかったのは。
畑の空撮写真で「まるでセザンヌの絵画のようだ…!」と賞賛したのに何故モノクロームで撮影したのか。ということ。
彼の写真と状況を想像するに、あの抽象的な色彩と光彩だったと思う。
なんか理由やポリシーがあったのかなぁ?
モノクロ以外は撮らなかったのかな?



月末に、鳥取の植田正治美術館に行きます。
念願の美術館。
僕は、何を想うだろう。

楽しみです。





桐島ナオが編集長を勤めるリトルプレス写真誌「graph.」第3号の発行となりました。
今回は「桜」特集。
東京の、今年のソメイヨシの桜はもう散ってしまいましたが、桐島が想いを寄せたのは京都と青森の八重桜です。柔らかな光と優しさが光となって春を消してゆきます。


桐島ナオ講師のPhotoCafeが今年もGWに関西出張します!


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