多肉氏の植え替え

多肉植物(トゲの無いサボテンみたいなやつ)を桐島は多肉氏と呼んでます。
なんかクールで達観している感じなんだもん。
ちっこいうちは多肉ちゃん。て呼んでたけど2年くらい一緒に居ると多肉氏になります。笑
そういえば、こういう植物の寿命、ってあって無いようなものだよね。
新芽が出て、古い芽が落ちて、ポキッと折って挿し芽すると増えるんだもん。


何処から何処までが、ひとつの命で。
何処からが違うのか。非常に曖昧な。植物だなぁ。と思います。
でも本当はそういう生命の環っていうのは、曖昧なのかもしれないね。
ひとつの細胞の持っている命の時間というのは生まれた時から終わりに向かうだけで。
短くなることはあっても、伸びることは無い訳じゃないですか。
伸びる、というのはちょっと違う。新しく生まれる事があるかもしれないけど。
それは派生したものであり、そのものの固有のものでは無くなっているわけで。
じゃぁ、「そのものの固有のもの」って何処まで?って定義は曖昧。


森さんの小説で「生きている事とはどういう状態の事を指すか」というテーマがあって。それは明確に、では無いけれど。森世界の共通のテーマになっているのです。
僕が森せんせいを好きなのはその問いかけに答えを出しているからで。
その答えが間違っているとか合っている、とか。そう言う事じゃなくて。
自分の考えで、答えを出す。というのは凄い事だと思うわけです。
そういうテーマって、「これが正解です」って答えが無いわけですから。
答えというよりも選択肢の一つ、なのかな。


で。僕は森せんせいの答えを知って、「なるほどねぇ…」と非常に感心したのですが。今、読んでいる化野凛(あだしの りん)という作家さんも、その問いかけに答えを出しているわけなのです。
勿論全然違って、面白いのです。
化野さんの考え方はゲノムに関係しているわけですが。あぁ、なるほどなぁ。とも思う訳で。
命の枠組みって、曖昧で。色んな解釈があって。
正解もないけれど、間違いもないものだなぁ。と思います。
生きている、って状態に。自ら望んで生まれた命は無いです。強制的に生まれ落ちてしまったから、生きている。という状態に過ぎない。
だから、その中で意味を見い出せ。っていうのも酷な話なだなぁとも、思う訳なんですよ。
逆に、意味なんか後づけでしかなくて。意味がないからって、存在出来ないわけじゃなくて。「理由」とか「意味」とかって。論理という立方体の断片的なひとつの側面でしかないと思うのです。
誰かにとって、意味があっても、他のひとには意味が無いもの、ばかり。
そういうのって、全てにおいて共通で。
本当の答えなんて何処にもないけど。人は。不安だから、自分なりの答えを探そうとしたり、誰かの答えに同意して安心を得ようとするのかな。と思います。
生きてる、って。安心したい、のかな。って。考えてしまった。
うーん。でも、言葉や単語にすると、なんか違う気がする。
言葉は、難しいです。

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