初山陰紀行<植田正治写真美術館と写真考察>@3日目その2

ARIAたちと別れて少しだけ米子駅付近を散策して、バスの時間を合わせてから大山へ向いました。
市街地から近いのに、すごい標高。
耳が少しキーンとなって、空気が急に冷えてくる。

山から逸れて、田園の中を進むと急に不審な巨大建築が見えてくる。
ARIAいわく、「刑務所みたいなところ」(笑)
コンクリートの巨大な棺のような、「植田正治写真美術館」です。



さくまくんにimageとして見せたくて習作を撮ってます。セルフです。
こんな雰囲気の場所。
曇天がとても似合う。沈黙の空間。



緑あふれる生命の場所もとても好きだけど、こうして人の作った空間も好きです。
「意思」が感じられるから好き。
植物たちの生命の意思か、人間の思考の意思か、の違い。
どちらも、美しいものは美しい。

桐島、今日は真っ黒な格好だったのでなんだか黒子のようです。



行った人は全員撮るであろう写真。
曇りだから綺麗に撮れてると思います。
大山と、植田さんの帽子。

帽子は窓にシートで描かれていて、写真にすると浮き上がっているように見えるという仕組み。
で、ふと横を見るとなんと!ステッキが置いてあるじゃないですか!
これは…ステッキを持てという意味ですよねー。笑



ステッキ持ってみました。笑

この写真たちは全部EOSMなのですが、ペンタコちゃんでも撮りました。
ペンタコちゃんのセルフって初めて使ったのですが…と、撮れてるといいなー。笑

ジーーーーーーー……バコッ!!!!

って、響きが可愛いかった…。コマ被りしてない事を祈ります。笑

GWとは言え、平日だったので館内には人は殆ど居ませんでした。
閉館間際だったのもありますけど。天気よく無かったのもありますけど。
それくらいが、いいです。

人が多いのは苦手。



そして。さすが写真美術館。
休憩場所にプリンターが置いてあって「ご自由にプリントください(3枚100円)と粋な計らい!!
しかも芳名帳がアルバム!!
こ、これは残すしかないでしょ。

さっき撮影した写真をプリントしてサイン入れてきました。



なので、植田正治美術館の芳名帳アルバムの今日あたりの日付を見ると桐島の写真があると思います。笑
ご来観の際は見て笑ってください。笑


美術館展示はちょうど生誕100周年ということで記念的な展示だったのだと思います。

中でも面白かったのがパリの写真と、ベタ焼き写真、トリミング写真。
パリの写真はいい意味で「植田正治らしくない」静かな写真。
センスの良さと小気味良いバランスで。見ていて非常に心地よかった。
ベタ焼き写真(フィルムのコマをそのまま全て『フィルムごと』プリントしたもの)は撮影者の目線がよくわかって面白かった。
やはり、「あぁ、この人はこのコマを選ぶのか」と思う。
自分だったら選ばないコマだったり、前後のコマを見てびっくりすることがある。

作品は作者の意図で完成されたものが、純粋な作品であると思う。
だから、写真や音楽で「未公開フィルムを公開!』とか『未発表音源リリース!』とか。そりゃぁファンは嬉しいだろうけど、公開していないものは自分の中で公開しなかった理由があるわけで。
それを死後に勝手に解釈されて公開されたら溜らないだろうと思います(笑)

それも作品だから貴重だしいいじゃない!という考え方もありますし、作品の並べ方一つでも作品のイメージや作者の意図は変わりますから。
作者が生きていて、全てを完成させて閲覧出来る状況というのは、本当に幸せな事なんだと再認識しました。

僕にとっては、奈良美智さんがその人です。
今、同じ時代を生きていて、まさに製作をしていて。
その作品を現在進行形で見せてもらっている幸せ。

だから、見たい作品は、どんな場所での展示でも見に行きます。
距離や期間は問題ではなく、自分にとってその人がどれだけ重要な存在か。という事なんだと思います。

自分の話しになってしまいますが、PhotoCafeは関東地方千葉県の郊外で開催していて、都内からも決して便利な場所ではないのですが。
それでも、福岡から、旭川から、来てくれる人がいます。
なんだか、本当に強い想いを感じるのです。

近くの人も、たまたま来てくれる人も、本当に嬉しいし、感謝する気持ちは同じなんだけど。
北海道のものすごーーーい北国から。桐島に会うためだけに、飛行機に乗って、5時間写真教室を受けてそのまま笑顔で帰っていかれた方を、僕はずっと忘れないと思います。

ちょっと脱線しましたが。
さいごに、トリミングのこと。
ごちゃっとした町並みの写真の、教会の屋根の一部だけを印画紙に焼き付けている作品がありました。
市街地の校庭に並んでいる子供達の写真の、校庭の上半分の町並みが全部消されている作品がありました。
撮影したままの写真、手を加えた写真。
もちろん、手を加えた後の写真の方が素敵です。

よく「デジタルはすぐ加工したりいじったり出来るからねぇ…』なんて言うフィルム愛好家の先輩方もいます。
暗室作業に入った方ならご存知かと思いますが、フィルム写真も、相当いじれます。
芸能人のネガ写真なんて、何倍ものルーペに極細の針で修正してたもんだ!(笑)なんて聞きます。

加工したり、修正したり、トリミングしたりすることが「悪い』のではないのです。
もちろん、手を加えた「技術過程」が見えてしまうような劣悪なものは駄目ですよ。笑
やるなら、最初からそうだったように、不思議なものに見えるように、「錯覚」ではなく「真実」のように見せないと。
そして、一番大事なのは「結果」をきちんと見据えているかどうか、だと思います。

表現したいものを表現することが本来の目的であり、過程はその手段にしか過ぎない。
だから、結果の為にどういう手段を選ぶかは本人の勝手です。
それがフィルムでもデジタルでも加工でもCGでもトリミングでもいい。
そうじゃなくて、適当に撮ったものを「なんかいい感じにしてやろう」って考えが見えてしまうと、駄目なんだと思います。
芯がある作品は、媒体や表現方法を選びません。
乱暴に言えば、どんな手段を使ったって結果が良ければ「良い写真」なんです。

僕は、出来るだけ写真を修整しないようにしています。
HPに載せる写真は90%以上が『撮ったまま』です。
だから、「撮影技術がすごいんだぜ〜!」ってわけではなくて。
僕は、撮影前に修正しない事を心に決めて撮影することで、撮影に向う自分の精神の純度を高める事が出来るからそうしているだけです。
1枚の重みを、込めたい。いらない写真は、撮らない。
そう、思うだけ。
だから、加工する事を目的として撮影して、後処理でその純度を同じ以上に高める事が出来るのであれば、そういった手段も使うと思います。

表現は、過程をあれこれいったり、機材がどーのこーの、ではなくて。
人格や周りの環境、そういったアイデンティティを全て排除した先に、あると思います。

僕も、それを目標にしています。まだまだです。


植田正治は、「砂丘の家族写真」が有名だけど。
僕が感じた植田正治はもっと、尖った人でした。
だから、彼の写真を見たあとで、このコンクリート建築は、彼の写真に非常によく似合っていると思いました。

行って良かったです。
また、行きたいな。


3日目。表現や写真について、考えながら温泉に入って、眠りました。
明日は、もう一度大山に行きます。
馬に、乗りますよ〜!笑




 

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