「a bit like you and me...」横浜美術館 奈良美智展@2回目

奈良美智さんの個展、2回目に行って来ました。
前回から半月くらい経ったかな。
すこし違った眼で、見れるといいな。と思いながら港町に降りました。



奈良さんの大好きな野菜カレーはとっても甘くて美味しい。笑
奈良さんは甘口が好きなのね…と、なんだかおかしくなる。
あ、これは愛ですね。 と、おかしくなる。笑



今日もソーセージ&ビアのパップくんは、ぐでーん。
後ろ足が落ちてるのが、らぶいですね。



おねーさんも、暑い中お疲れさまです。
今日見たら、テーブル席が出来ておりました。
木で出来ていて、とっても可愛いかったです(^^)



TVや雑誌でも紹介されて、とてもたくさんの人が来場しているようで。
とても嬉しく思います。

とくに今日は小学生の集団がスケッチをしてて楽しかったなぁ。
わいわい。わいわい。
自分のみたように、スケッチ。

奈良さんの絵はスケッチしやすいみたいで、みんなよく描けてて可愛い。笑
着眼点が違うのが、絵は判り易くて面白いですね。



今日は、前回よりも、きちんと向き合えた気がします。
ぐるぐるは、するけど。
それは、浸透している時間だと思う。

良い作品に逢うと思考がぐるぐるします。
受け止めようとしているんだと、思う。
過去の自分や経験、感覚や感情と照合しようとしているんだと、思う。

照合する必要なんか本当はなくて、ありのままを「そのまま」で良いのだけど。
なぜか自動的に照合しようとします。



桐島は神奈川県出身なので、横浜は子供の頃からよく来ていました。
だから、昔はこういう写真は撮りたいと思わなかった。

横浜の風景は「当たり前」で、僕は「当たり前」の事を撮ろうとは思わなかった。
だから、家族や身の回りを撮影した「記録写真」を作品としてきちんと昇華している人の作
品は本当にすごいことだし、自分とは全く違う世界を作り上げているなぁ、と感動します。
僕は、自分の内側の世界を表現したいと、記録したいと思っていて。
だから、あまり自分自身の身近な現実ではない被写体が好きでした。



それでも、神奈川を離れて暮らして。
いくつかの土地を暮らして。
記録写真として撮影したはずのフォルダの中の一枚が、もう撮れない一枚だと気付いて。

あぁ、こういう意味が出てくるんだな。 と。

漠然と思ったのを、思い出します。



赤煉瓦倉庫前に大きなオリーブの樹があって、たくさんの実がついていました。
キョウチクトウも、ものすごく大きくて鮮やかなピンクが綺麗で。

自分の中の経験や価値観や、時間などの感覚なんて今の自分がジャッジするものじゃない
と。なんとなく、そう思うようになって来たのもあります。

誰の為に撮っているか、というと自分の為だけなのだけれど。
今の自分の為だけじゃなくて、未来の自分に少しだけ託してみる気持ちも、出て来ました。



だから、奈良さんの作品から何かを探ろうとするのかもしれません。
きっと、10年前に見た記憶を、今の自分が探っているのだと思う。

10年前の奈良さんの作品と、今の奈良さんの作品では全く違うけど。
10年前の桐島と、今の桐島も、全く違うけど。
それでも、全くの別物ではなく、延長線上のものでしかないから。



デッキを歩いて、視界をそのまま記録するように写真を撮ってみました。
これは作品ではなく、僕の脳の記録。

見たままを写す、とはこういう事か、と。
なぜか、当たり前の事を思ったり。



海の近くの光景はとても安心します。落ち着く。
海の近くというほど近くで育ったわけではないけど(家の前が海の子も居たので。笑)、自
転車で行けるくらいの距離には、海があったから。

目の前が開けた場所と、空が広い場所に行きたかったら、海に行くしかなかったなぁ。



止まった時計と、なんか可愛いカフェ。

可愛いんだけど、こういう縄とかブイってものすごく磯臭いんだよね。笑



みなとみらいから歩いて30分ちょい。
山下公園までやって来ました。
氷川丸がライトアップを始めて。

空がすーっと藍色になるのを、ぼんやり瞼の裏側で見てましたよ。



なんか、ご当地ビールとか。海を見ながら飲んじゃったりして。
観光気分。
あ、観光か。なんて、思ったりして。

地元を離れるのも、いいもんだなぁ、とか思ったりして。



だんだん鮮やかになる港をぼんやり、眺めていると。
なにも考えないでいられます。

考えてるのかもしれないけど。
考えている自分の外側から俯瞰している自分が居て。
だから、考えてないフリが出来るのかもしれない。



さいごに。




鬼のよーなパンケーキを食べて来ました。笑

これは。一人で立ち向かうのはハードル高かった。笑
(隣の席の女子は4人で食べてたよ!)
でも、美味しく頂きました!!

奈良さん。次逢うのは青森、かな?
青森の、水戸部屋BGMが今から愉しみです。






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写真展閲覧記録(でも個人的なこと)

桐島が講師を務めている写真教室PhotoCafeの企画合同展の作品ミーティング課外授業で東京都写真美術館へ行ってきました。
東京都写真美術館(略称:都写美http://www.syabi.com/)で見てきた展示は2つ。
「自然の鉛筆 技法と表現 平成24年度東京都写真美術館コレクション展」と、「世界報道写真展2012」です。

まず見たのは3Fの「技法と表現」展(2012年7月14日 ( 土 ) 〜 9月17日 ( 月・祝 ))。現在のフィルム写真のプリントに至るまでの様々な写真の「プリント方法」を歴史を追って展示したものです。
カメラを使わず直接フィルムに焼き付ける方法から、卵の白身を使った紙に焼く方法まで。
本当にさまざまな写真のプリント方法を見て来ました。
プリントしたあとに、筆で黒を付けてゆく方法など、なかなか斬新です。
「これ、写真なんだ。絵みたい!」と、何度も声を聞きました。

写真は「カメラで写すもの」というのが現代の一般的な認識ですが、
本来写真は「光で写すもの」です。

どうやって、光を形として残すか。
187年前の昔から今日に至るまで。
短い歴史の中でいろんな技法を工夫して人は、光を形として残してきました。

デジタルカメラが一般に普及してきたのもここ20年そこそこですからね。
カメラって、とても新しい文化だと思います。

そして、「撮る」事も大切ですが、表現としての現像、そしてプリントすることの大切さを改めて実感しました。
印画紙(プリント用紙)の選択一つをとっても、個性が出ますからね。

デジタルカメラになって、撮影した写真はパソコンの中に入りっぱなし。という方も多くなってしまったと思います。
でも、プリントして、自分自身の手の中に「物質」として残す事は、それはそれで意味がきちんとあるんじゃないかと。
そんな風に思った展示でした。
 

 もう一つの展示は「世界報道写真展2012」(2012年6月9日 ( 土 ) 〜 8月5日 ( 日 ) )。
こちらは報道写真というジャンルの写真です。
いわゆる現場の写真。今世界で起こっている事の記録写真です。
新聞に載る写真、雑誌に載る写真など。
報道、とはニュース。という意味なので事件性やメッセージ性が強い写真です。なので、センセーショナルなものやショッキングなものも含まれており、苦手な方もいるジャンルだと思います。
あえて、それでもPhotoCafeで合同展参加者のみんなに見て欲しかった意図としては「隣人の事件は、隣人の日常である」ことを見て欲しかったから、です。

僕は報道写真が苦手でした。戦争映画も観れませんでした。
理由は、「怖かった」からです。それ以上でも以下でもありませんでした。
人が人を憎んだり、理不尽な扱いを受ける事、一方的な暴力的な行為を見る事が、怖かったんです。
それが、とある写真家の写真展をきっかけに意識が変わりました。
2009年に見たセバスチャン=サルガド(Sebastião Salgado)氏の写真展「アフリカ 〜生きとし生けるものの未来へ〜」からです。
なので、本当に最近の話し。
とある写真がきっかけで、考え方や見方が180℃変わりました。

サルガド氏の写真で「サヘルの飢餓・エチオピアのティグレ地方からスーダンへの集団移住、エチオピア、1985年」という写真があるのですが、この写真はとても有名な写真で検索などで出てくるものなのですが。
エチオピア内戦で、戦闘機からの機関銃攻撃を避けるために夜の闇に紛れて歩き続けてきた人々を撮影したものです。
言葉だけでは、とても残酷で凄惨な状況なはずなのに、この写真を見た瞬間、魂を奪われたような、衝撃でした。

ものすごく、美しいんです。

光が、影が、神様がいるなら、今この瞬間に降りてきているような。
宗教的な、美しさです。

残酷で凄惨な中の美を追求したわけではなく。

サルガド氏は善悪の狭間で揺れながらも、宗教的(キリスト教的)な審判を閲覧者の心の中に求めるような、表現をします。

彼の写真は美しいです。
アフリカの写真(しかも人間の、モノクロで戦争もの)を初めてしっかり見ました。本当に凄惨なものもたくさんありました。
でも、みていくうちに疑問が沸いてきたんですよね。

あれ?この人たちって、なんで戦争(内戦)してんの? と。

国対国の戦争にも勿論多大な問題があります。ひとえにくくることは決して出来ませんし、全てを理解しているわけでもないのですが。
今まで歴史の教科書でしか知らなかった「アフリカの内戦」という事実に初めて疑問を抱きました。
貧しいから?国がたくさんあるから?
でも、彼の撮影する人たちは全員悲しい顔をしている。
平和だった時代の写真は本当にうれしそう。
じゃぁ、この争いは、誰が望んで、誰が起こしたのか?

僕は、わからなかったです。

そこから、戦争や内戦に目が向きました。
サルガド氏について調べてゆくうちに彼が「国境なき医師団(MSF)」(http://www.msf.or.jp/)のメンバーであること。
世界には内戦や紛争や戦争によって、悲しんでいる人が本当にたくさんいること。
知識や文字としてしか認識していなかった現実を、僕はサルガド氏の写真で現実の、隣人の事として突きつけられました。

地球の反対側で起きている事。
でも、その人達にとっては、「日常」であること。

僕の日常はどうだろう。
自分は何を生み、何を残しているだろう?

自分の為じゃなくて。
自分以外のものの、ために。
家族友人知人とかではなく。
もっと広い意味での、繋がりの為に。
自分自身の行動が全ての繋がりの端になっていること。

そう、考えました。
初めて、そういう事を考えました。


そこから、少しづつ。
少しの事をしています。


自分の生活をまず、しっかりすること。
これは、自分にはすごく難しくて。
毎食きちんと食べる事や、毎日仕事にきちんと行く事や、病気をしないように気を付ける事や、目的や目標を持って進む事など。
そういう事を、きちんとやりきる事は難しいです。

でも、それは出来て当たり前の事で、
それをもうちょっと煮詰めてゆくと、出来る事が増えてくる気がします。

本当に、小さな事かもしれないけれど。
フェアトレードのものを選ぶことからはじめることや、
世界のニュースに関心を寄せることや、
植物の声に耳を傾けることなど。

意味の無い事、と言われてしまうような些末な事が、
世界の、末端だと思います。

その末端を意識しないと、世界は変えられない。
僕は、そう思うようにしています。

僕一人で世界情勢を動かす事は出来ないけれど、
僕の生活のリズムをしっかりすることで、植物に水をあげることが出来る。
そんな小さなことから、しっかり目を向けて。

鎖になって一生繋がっているDNAの欠片みたいな輪のひとかけを。
大事にしてゆきたいな、と。思うようになりました。


報道写真展で、見た行った事の無い国の知らない人が泣き叫んでいる写真や、密猟者に殺された動物や、岩肌で餌を探す白熊や、小学生の年齢で結婚させられた少女や、孤島で起きた殺戮などなど。

これらの「知らない世界」は、「当事者の日常」です。
僕の日常の末端の、延長だと、思うのです。

今回の展示には東日本大震災の写真もたくさん展示されていました。
生きている間に、こんな地震が起こるとは思いませんでした。

でも、事件の当事者なんて、みんなそんな感じなんだと思います。
だからって、急に意識は変えられなくとも。

それでも、世界は何処かで繋がっていて。
あなたの行動も生活も、世界の末端で。
笑顔にも、不幸にも、全て繋がっていて。
自分が生きていることと、何かを選ぶ事も、選ばない事も、
何処かに繋がっているし、繋がらない事も、選べます。

僕は、出来るだけ。選んでいきたいです。
自分が選んだ選択肢は、自分の未来を選ぶものだと思います。
常に人はジャッジメントを迫られている。
だからこそ、真摯に、判断すべきだと思います。

それは難しいかもしれないし、曖昧にしておきたい問題もあるかもしれない。
けど、出来るだけ「判断」していきたい。


報道写真を見て、感じることは、本当にひとそれぞれです。
僕は、そんなことを考えました。

良い写真を撮る事。
自分が良いと思えるものを創る事。
僕はそこを真摯に、頑張ってゆきます。


長くなってしまいました。笑
自分思考メモ的なものも多大に含んでしました(^^;)


ここまで読んで下さった方(いるかな?笑)ありがとうございます!




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涙ガラス制作所さん作品展「結晶」

涙ガラス制作所さん(http://namida-glass.petit.cc/)の個展「結晶」にお伺いしてまいりました。
涙ガラス制作所の松本さんが作られるガラスの世界観は繊細で、物語性に富み、何処か儚いイメージです。



涙を集めたようなガラスに閉じ込められた雫たち。

とても、綺麗です。

綺麗、というか。言葉で表現するのはなかなか難しい。
思わず触れたくなる。でも、触れたら壊れてしまいそうな。
そんな、作品たち。



今回の展示のギャラリーもとても素敵で。
「Gallery SU」さん。(http://gallery-su.jp/)
あの、「和朗フラット」4号館の一室にあります。(http://www.warouflat.com/)

大好きなスタイリストさんが住んでいた事で知った和朗フラット。
建築好きなかの友人ならきっと来た事があるだろうなぁ…なんて思いながら眺めていました。



今回は鉱物とのコラボレートで「鉱物アソビ」「鉱物見タテ図鑑」編著のフジイキョウコさんが鉱物のコーディネートをされていました。

アンティーク建築に、ガラス小物に、鉱物、なんて。
なんて…長野まゆみ…と、懐かしく、心が踊りましたよ。

こういった空間は、やはり、好きです。



鉱物を見て「おいしそう」と思うのは、間違いなく長野まゆみの影響なのですが、こうして古いものと金属に囲まれた空間はとても素敵です。

お迎えさせて頂いた封書入りの小瓶と、標本硝子のネックレス、大切にさせて頂きます。
松本さま、ありがとうございました。






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花と器展に行ってきました@木桃いつな

 graph.にも参加してくださっている素敵なお姉さま友達のyuさんがグループ展に参加されると言うので、とてもとても楽しみにしていました。展示は『花と器展』(http://hana-utsuwa.info/
横浜の小さな丘の中腹に在る、素敵なお屋敷での開催です。

yuさんこと、中沢由紀子さん(http://nuageyu.exblog.jp/)はフラワーコーディネーターとして参加されていますが、桐島は彼女は空間そのもののコーディネーターだと思っています。
yuさんの作る空間は彼女そのもので。
たおやかで、瑞々しく。しなやかで、気さくで。
全然ツンツンしたところがないのに、一本筋はきちんと在って。
yuさんの作る空間は、とても心地よいのです。

そんなyuさんの参加される展示に、木桃いつなさんにお付き合い頂きお伺いしてきました。


木の窓枠に、ゆらゆら硝子。
今でこそ珍しいようですが、桐島の実家は今でも木枠に(若干)ゆらゆら硝子です。

がらがらと、音を立てて開ける重い窓。
ささくれそうな枠の、むこうの歪んだ世界。

懐かしくて。落ち着く。
現在進行形かもしれない。記憶の一部。


今日は、またまた気になっていた方がカフェを一日出展されるというので。それも、とても楽しみにしていました。
yuさんを初め、mikityさんにもSちゃんにも、Tくんにも、お会い出来たし。
お久しぶりです!!の、方にもお会い出来ましたぴかぴか(新しい)


とろけるパンナコッタに、セイロンティを飲みながら。
雨の午後を、贅沢に満喫していましたよ。

こんな日は雨がいいですね。
静かに音を吸収して。柔らかにしてくれる。


今日の木桃さんのお洋服は、亡きお祖母様が作られたものだそうです。
丁寧に仕立てられたセーラーカラーのお洋服。
とっても小柄な彼女に合わせてきちんと計られた肩幅と、真っ白な肌が映える変わり織りの涼しげな生地。


お洋服に合わせて髪を結い上げさせて頂きました。
サイドをダブルで編み込みにして、髪の量を見ながら後ろは別で二本の三つ編みに。
クロスさせて、クロワッサンみたいに、ふんわり纏めてみました。
なんだか、クラシカルな雰囲気。


グループ展なので、色んな方の展示があります。
このお部屋には、ドライのたんぽぽが。


ある仕掛けに息を吹きかけると、プロジェクタから投影されたタンポポが散ってゆきます。
何パターンもあり、息の強さも認識。

現実と映像の境界線が不思議な感覚になります。


このお部屋は茶箪笥から草が生えているみたいに、生けてあります。
廃墟?って感じなんだけど。綺麗な木漏れ日の映像。


かと、思えば洋室にはドライのお花とペーパークラフトの恋人。
熊が居たり、カップルがいたり。
にぎやかに世界を構築しています。

そして、ここはyuさんの展示のお部屋。


ふたつの庭が見渡せる風の通り道のようなお部屋に、読みかけの本。
そして、空想世界から生まれたような時計草に、山百合が入った大きなアレンジメント。


まるで、本を読んでいる人にしか見えない空想の花のように。
自然に、其処に存在しているように感じました。

yuさんのお花はその場で意志を持って存在しています。
人間によって「生けられた」花ではなく、植物の意思でyuさんの手の中で遊んでいるよう。


差し込む光がきらきらと。部屋を抜けてゆきます。
雨の日は柔らかくて優しいので、つい甘えてしまいます。


雨だれの音が、水琴窟に同調して。
枯れない西洋松虫草の夢を、ずっと見ています。


階段に眼を見遣ると、はらりと落ちた花弁。
そのままでも綺麗ね。と微笑むyuさん。

そのたおやかさが、植物に好かれるんでしょうね。
瑞々しい手先を見るたびに、思います。

そして。一転。

旧柳下邸には蔵があります。



蔵の中は小さな懐中電灯が無いと見えないくらいの、闇。
その空間に、幾重にも、透明な更紗がかかっています。

まるで、記憶のベールをかけたように。
不思議な和音のような音楽に溶けてゆきます。


ふわふわと身体に投影される光の欠片。

綺麗だったあの人が、彼女の為に仕立てた夏服。
もうすぐ夏至になるから。
どんどん、夜が短くなりますね。
反対に、夜は、どんどん深くなるようです。


木桃さんから聞くお祖母様のお話はいつも尊敬の念と愛に満ちていて。
人にとって、本当に必要な物はそれほどに多くは無く。
壮絶なまでに求める事でしか人は、他人を認める事が出来ないと。

会った事が無い方ですが、そんな風に感じました。


木桃さんを介して僕が表現すること。
木桃さんが僕を介して表現すること。
どちらも、リンクしているようで全く違う世界を見ています。

だから、見たくなるし感じてみたくなる。
とても近い平行線を俯瞰で見ているような感覚になります。


蔵の中には古いオルガンがあって、この音色をサンプリングし、REMIXして流していたそうです。
不思議な音階でした。胎内にいるってこんな感じなのかなぁ。と思うような。

ぼわ、ぼわ、ぼわ。

と、不思議な音楽と、錯覚。


mikityさんに「ナオちゃんは木桃さんに創作意欲を見いだすのよね」と素敵なお言葉を頂いたのですが。
そう言われて、妙に納得しました。
どうして木桃さんを撮りたいと思うのか?は、あまり考えた事が無かったからです。


でも、きっと。
彼女の眼と身体と心で感じた世界を通して、桐島が少しだけ触れた先の雫が、作品に少しだけ落とし込まれていたら。
桐島だけの感覚で見る世界よりも、ずっと静謐で透明感があるなぁ。と、思うのです。


同調、しているかは分かりません。
どんな被写体さんでも、自分以外の人間と繋がる事は出来ません。
理解したつもりになって。
同調した気分になって。
高揚感が得られるのは、一瞬の錯覚で。

結局はそれが楽しいから、写真を撮るのかもしれないけれど。
木桃いつなという被写体は、限りなく静かな被写体です。


静かだけれど、儚くは無い。
可愛いらしい感じがするのは外見だけで。
多くの方は彼女を「癒し系」と言ったりもするけれど。

被写体としての彼女はとても硬質だと思います。
時間の流れとはまた、違ったところに存在しているよう。


何処か時間が止まっているような、この旧柳下邸と。
それぞれの感性で作られた編み目のような素敵な展示と。


もしかしたら、彼女のお祖母様の若い頃はこんなんじゃなかったのかな?
と、思わせるような木桃さんが。
なんだかとても不思議な存在のように此処に、在りました。


とても素晴らしい展示でした。
雨の午後にお伺い出来た事も、とても嬉しかったです。
晴れた日もきっと素敵だと思いますが。
雨樋を伝う雨の音や、人が多くいるのに、それをやわらかく仕切る雨煙が心地よくて。


夏至が近づいている事を、感じた一日でした。

yuさん、グループ展へのご参加お疲れさまでした。
また、素晴らしい展示で、大成功を収められた事を心よりお祝い致します。

木桃さん、被写体をして頂きありがとございました!






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クレマチスの丘@ 「開館10周年記念展 庭をめぐれば」展。

一年ぶりのクレマチスの丘。
http://www.clematis-no-oka.co.jp/)←音が鳴って吃驚しました。笑

去年はPhotoCafe遠足で行ったのだけれど、雨であまりじっくり撮れなかったのでリベンジ!!
雨にしたたるクレマチスも素敵でしたが、今年の目的は企画展なのです!!!わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


「開館10周年記念展 庭をめぐれば」展。
桐島の大好きな大好きな大好きな、奈良美智さんが出展されると知って、これはいかなくては!!と、勇んでいたのですが。
とっても気になっている村瀬恭子さんの絵も展示されるとのこと!!(しかも初期作品!!)

村瀬さんはパっと見、ちょっと「こわ〜い…!」という方が多いのですが、一貫して一人の少女を描き続けています。
初期作品では、水の中にうつろな表情で佇んでいた少女が、植物を部屋で育て初め、森へ冒険に出かけ、他の動物と交流を始めました。
何年もかけて、進む物語です。
この先、少女が何処へ向かうのか。とてもとても楽しみな作家さんです。


吃驚な事に、作品を撮影OKなのですが…。
さすがに全体像を載せるのは恐れ多いので眸のアップで。

奈良さんの少女です。
奈良さんも、90年代の初期作品はナイフや銃を持った少女を描いていましたが、最近作品は穏やかな表情で双葉などを持っている事が多いです。

優しくなった、のではなく。
逆に、意思が深くなったのだと。感じます。

武器など無くても、強い意志を持ち存在することが何よりも強い在り方なのだと。そんなことを思いながらみています。


あと。この作品がとても綺麗でした。
本のページの一部に蝶を描き、蝶の形にくりぬいています。

これが何十冊とあって、荘厳です。

天井迄の書棚の図書館の大理石の床に、この本が散らばっていたらなんて素敵なんだろう…。と思いつつ。

昆虫が好きなので、まじまじとみてしまいました。笑
蝶とか、蝉とか蜻蛉が好きです。
翅の生えた生き物に眼がいってしまうんですよね。綺麗で。


あと。これはちょっと分からなかったんだけど。
鳥を捕獲する為の罠?の、インスタレーションと作品。

空間の作り方がとても綺麗だったんだけど、野外展示で鳥の罠があちこちにあって、本当に鳥がかかってしまわないかちょっと心配でしたあせあせ(飛び散る汗)


写真家の川内倫子さんのプリントを、実は初めてみたのですが。
力があって、とても清々しかったです。

川内倫子さんは今の、淡い色彩の写真ブームの走りだと言われていますが(色んな人の説がありますけどね)、彼女の世界観はとても静謐で、グロテスクで、まっすぐで、力強いです。

なんか、とても心がしゃん、としました。


さて。外に出ますよ。


クレマチスの丘は、其の名の通り、クレマチスがたくさんあるのですが、薔薇も結構あります。普通に薔薇園と呼ばれる所よりもあると思います。


薔薇に絡み合うクレマチス。
薔薇と絡む紫陽花をみたときに、とても。なんだか、ちょっとエロスでいいなぁ…と思ったのですが。笑
薔薇とクレマチス(鉄線)は何だか凛としてますね。なんでだろ?笑


クレマチスは日本の鉄線を品種改良したもの。
紫陽花とハイドランジアがちょっと違う、みたいな感じ。

でも、同じように綺麗に、美しく咲いています。


ちょっと変わった子も。
この子はたぶん、これで満開なのかな。
星みたいで可愛い。


薔薇はやっぱりカップ咲きのころんとした子が好きです。
それか大輪の、芍薬みたいな子。
ほっそりしたフレンチな感じのスマートな一般的な薔薇はあまり得意じゃなくて。
こういう可愛い感じの子が好きです。
あと、ダマスクローズの子の香りを知って、薔薇が好きになったのはあります!(薔薇の青臭いにおいが苦手だったので…)


ダマスクローズは、甘い薔薇の香り。
ふわり、と香って。
とろけてしまいそうな、柔らかい香り。

寝る前にも、朝にも、とても気持ちよい香り。


綺麗な羽根を見つけて写真を撮っていたら、同じような構図でいつかの日にも撮った事を思い出しました。

写真を撮ると、絶対に忘れません。
不思議と、いつどこで撮った写真か、覚えています。

写真は「焼き付けるもの」ですが。
きっと、心に強く、焼き付けているのだと思います。


最後に。
クレマチスの丘に併設しているIZU PHOTOMUSIUMで「荒木経惟写真集展」を開催していて。
今まで出版した貴重な写真集を見る事が出来る展示でした。
荒木経惟さんといえば黒い丸めがねの太ったおじさんで。「人妻エロス!!」的な写真のイメージが強いと思います。(実際桐島もそのイメージがありました。笑)
写真を真面目にやるようになり、荒木さんの私写真を見るようになり。彼の繊細さと現実を見ようとするひたむきで、まっすぐすぎる心に、涙涙、涙、、、、なのでした。
本当に、「センチメンタルな冬の旅」とか。その辺りは人前で読めませんて泣き顔

アラーキー作品に触れた事がない方、もし良かったら図書館ででも手に取ってみてくださいね(本屋さんは泣くので危険です…)
文章と合わせて。とても、とても、心に染みます。
人を愛する事は、すごいことなんだなぁ。。。と、思います。

展示の日記はここまで。

長くなりそうなので、2分割にしました。
次は被写体咲真くんの写真です。






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青森県立美術館@フィンランド展

とても素敵な展示会の知らせを受けて。
大好きな青森県立美術館(http://www.aomori-museum.jp/ja/)に行って来ましたよぴかぴか(新しい)

「フィンランドのくらしとデザイン展」(http://www.finland-design.com/)です!


京都から帰って来た週だったのでバタバタでしたが(笑)なんとか辿り着きました!ぴかぴか(新しい)
雪の無い県美は久しぶり。6年ぶり??
いつも雪深い季節に行くので(笑)緑が眩しい!何だか不思議な感覚です。
初めて来た時を思い出しました。


フィンランド展は、巡回展として関東から九州まで開催するようでしたが、どうしても青森県美で見たくて。
(詳しくは公式サイトをご覧くださいウインク


青森県美の真白な空間が、フィンランド展と本当にぴったりだと思ったから。
都合がついて良かった。


青森県美は建物は勿論、小さなデザインまで素敵で。
自動ドアの文字や傘立てまでトータルデザイン。
そして、制服は皆川明さんぴかぴか(新しい)
(過去日記参照:http://photodiary.skyclover.hacca.jp/?eid=856485

フィンランド展と併せて、企画展示室でminä perhonen展も開催しておりました…!!ハート達(複数ハート)


フィンランド展は、天井の高い県美の白い箱を綺麗に生かしていて。
視線の投げ掛けがとても気持ちよかったです。
特にマリメッコの部屋が感動したなぁ目がハート
minä perhonen展の展示が地面から生えているように見えるのに対して、マリメッコの部屋は空からふわふわ下がってるみたいだった。


こちらは撮影可能なお部屋。
アアルトの椅子に自由座れるお部屋です。
凛として柔らかい作りに惚れ惚れぴかぴか(新しい)


他部屋は撮影禁止だったので写真はありませんが、公式動画が出ているので良かったら是非是非ご覧ください映画ぴかぴか(新しい)

http://www.youtube.com/watch?v=D8879u0ABKY&feature=related
<4分。設営の様子も見れます。>

http://www.youtube.com/watch?v=hcmsQczPgNs&feature=player_embedded.
<スポット。編集が素晴らしいです。おすすめ!!16秒!>


青森県美は常設で奈良美智さんの大きな作品(インスタレーションや、小屋など)も観る事が出来る素敵な美術館です。
中でも有名な「あおもり犬」ですが、冬は綿帽子のように雪を被っていました。
夏はすっきりしたお姿に…触る事が出来るんですよー!!!


ドキドキ。入口。

前回雪の無い時期に来た時は触れるように開放されて無かったので、初お触りです…!!(笑)

奈良さんの作品は触れるものがあるのが嬉しい。
勿論、観て感じるものや、同じ空間を共有する楽しみ方もありますが。
人間の感覚の中でも「触る」というのは、他者から受ける絶対的なモノの一つで。
実感を伴って、観るのとは全く違う感覚を味わう事が出来ると思います。


ドキドキ。登りますぴかぴか(新しい)


デジタル写真をモニタで観るのと、大きくプリントして壁に飾るのでは全く違うのと同じ。
デジタル的なものや感覚値が悪いモノというわけではないですよ。
折角のものを、片方だけしか味わえないのは勿体無いし、淋しいなぁ。と、思うんです。

作品は破損や汚れの危険がありますから、なかなか直接触れるモノというのはなかなか難しいかもしれませんが。

それでも、こういった作品が在ることが。
とっても、とっても、嬉しい。

思わずハグ。笑


でかーい!!!笑


桐島の写真は木桃さんが撮ってくれました!ありがとうです!


そして、木桃さん。

うーん。更にあおもり犬が大きく見える。笑



青森県立美術館はあちこちに素敵なスポットがあります。
とっても、とっても素敵な場所ぴかぴか(新しい)

金沢の21世紀美術館もそうですが、何も無くてもふらりとお散歩に行きたい場所です。
(美術館内のレストランがどちらも美味しいのがポイント!!)


すっぽり入れそうな大きさのたまご。
熱くないんです。不思議。


念願のあおもり犬に触るのも叶い、素敵なフィンランド展とmina展にも来れて。
ほくほくな一日でしたわーい(嬉しい顔)

青森の展示は終了してしまいましたが、全国を巡回されるようなので北欧好きな方、デザイン好きな方、ムーミン好きな方、食器好きな方、などなど!是非是非。おすすめです!!わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)




しかし真夏みたいな京都から急にマフラーしてても寒い青森はびっくりした〜あせあせあせあせ(飛び散る汗)
(この時期にあるまじき寒さだったようです)




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横浜美術館にて松井冬子展。

横浜美術館にて。松井冬子展示を見てまいりました。



横浜美術館自体が久しぶりすぎて最後に来た企画展が何だったか覚えてないくらい(^^;)
この美術館は桐島が大人になってから出来た美術館なので想い出の展示とかはあまり無いのですが、奈良さんの大きな展示を初めて見た美術館であります。
そして、今年も奈良さんの個展があるそうです!数年前から楽しみでした。ふふ。。。
そして今回見に行った松井冬子さんの展示も数年前の静岡の展示から、待ちに待った展示でした。静岡は自分が展示会をしてて切羽詰まってて行けなかったのね(^^;)



(購入した目録よりモノクロで掲載してます。今回のポスターの絵です)

松井さんを知ったのはいつだったか忘れたけど、美術雑誌か何かで。
まだ知って5、6年くらいしか経っていないけれど、この方の描くペースの早さに驚かされる。
作家さんによるから一概に早い遅いとも言えないけど、あの大きさのものを年に何枚も仕上げるのは体力的に凄いなぁ…と、感心します。
九相図の連作がとても面白かった。凄い、のひとことに尽きます。

松井さんの世界観は、
見ていて共感する部分があるから嫌悪感がある。
だからこそ、目が離せなくなる。入水自殺する象、の本物が見れて良かった。
狂わない狂気、が一番怖いし、恐ろしい。泣き叫んで喚き散らすのは、簡単。
直視し続けて、ある意味答えを出さない決断というのはすごい。

通常の人間が「抜け出したい」「這い上がりたい」と思う場所にずぶりずぶりと自ら沈んでゆくような、印象。
抜け出したい、と思うのは「怖い」から。ずっと居られないから。
居られない理由は、耐えられないから、狂ってしまうから。
そういった状態を維持し続ける精神状態、というのはとても面白い。

松井さんは、僕が苦手な被写体ばかりを執拗に描いている。嫌悪感というより生理的に受け付けない、受け付けたくない、被写体。
だから、目が離せないんだろうな。見たくないほど嫌いというのは、「好ましい」という状態と非常に似ていると思う。
苦手、嫌い、の上は「興味が無い」だ。無関心というものは究極にマイナスの感情だと思った。

展示がものすごく良かったのですが、展示してある作品に寄せてある注釈が少し煩わしかったです。詳細というよりも、押し付けがましい感じがしてしまった。
「作者は○○という意味で○○を描いた」と、ほぼ全てに記載してあって、萎える。
作家が生きている展示で、かつ断定的な注釈は、閲覧者の「感覚」を奪わないだろうか??
僕は嫌な気分になったので、英訳の注釈を少しだけ読んでいました。
横文字の方が少し客観的で、離れて見れる気がしたので、ね。



そんなわけで。前後してしまいましたが、お昼は混みまくっているみなとみらいを諦め…美術館に併設してい
Brasserie T's Museeに行ってまいりました。

ものすごく美味しい!ってフレンチではなかったけど、雰囲気と空間の居心地が良かったです。席と席の間隔がちゃんと空いているのはいいです。
コートを預かってくれるのもいいし、番号札ちゃんとくれるのもいい。



結構ゆっくり食べました。
デザートも美味しかったしまた行きたいなーと思うところです(^^)

色んなお話しをしましたが、何だか今日はしゃべりすぎたかなぁ…と思う桐島。
自分の思考が整理出来ていない所で、何故か口が動いてしまうことが稀にあります。
そういう時は、不自然に会話停止するのでごめんなさい…(ーー;)

松井さんを見ていたら思いのほか時間が過ぎていてびっくりしました。
あんなに長く時間が経っていたのは久しぶりです。
3月までやっているので…もう1回行けたらいいなぁ…と思いつつスケジュールを見たら無理っぽかったです。。。
でも次は奈良さんだ!!今から楽しみです!

木桃さん。お付き合いいただきありがとうございました(^^)




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ルーシーリー展@国立新美術館

先週の金曜日の夜。
夜間開館の国立新美術館へ行って来ました。
今週まで開催のルーシー・リー展()がどうしても観たくて。
姐さんの言う通り(笑)這ってでも行く覚悟で行きましたよ〜。
美術館自体が初めてでした。
六本木にこんな土地がまだ在ったのか…!と、プレスを見た時はビックリしましたが…
実際はイメージよりもこじんまりした美術館でした。
…思わず建築写真の画角を計算したくらいです。笑
狭くは無いけど広くは無いなぁ…といった感じです。
新しい建築だからか、美術館というより公民館みたい…。笑
とりあえず外観を撮ったりしていたら、さくまくんが合流。
この前姐さんと僕がルーシー本にキャッキャしていたのを見て気になっていたみたいなので声をかけてみました。

ルーシーは故人ですが、現代陶芸家です。
10年前は過去ではあるけれど、遺産というには近世すぎます。
たおやかな感性やストイックな姿勢がとても気持ち良い陶器たち。
焼き物の展示を見に行く事はほとんど在りませんが(どちらかというと作る方に興味が…)、
ルーシーの作品を初めて洋書で見た時に『夢の中の色彩みたいだ…』と、思った事を今でも覚えています。
滲み合う色彩と造り出した跡。
ストイックに自分の世界を追い掛けたルーシー。けれど、突き放すような感覚は何処にも無く。むしろ温かささえ感じる作品ばかり。
誰もがそうだけれどルーシーも最初から評価されたわけではなかったらしい。
子供の頃の感覚や記憶をそのまま形にしたような、形。
それでいて計算しつくされた色彩。
否定されても肯定されても自らの心の向きは変わらないものを創り続けたルーシー。
最初から肯定される作品は少ないと思います。死後さえ否定される作品も少なくありません。
しかし、生死に関わらず。肯定されるために作るものは「作品」ではありません(それは商品ですね)
評価に囚われることなく自らを磨き続けること。
柔らかに意見を取り入れ、感化され、伸びやかに、しなやかに成長し熟成されるもの。
それを人は「作品」と呼び、その人そのものになるのではないか。と、思いました。



ルーシーの器を、「触りたい」と思う人は多いのではないでしょうか。
ふんわり、両手で包んで触れたい。
桐島はそう、思います。
器や花瓶。小さな椀に、宝石のような釦。
土から作られたもの。人の手で作られたもの。
何を作っても、意思の在るクリエイタの作品は雄弁です。

器を見て、作り手を想う。
当たり前の事ですが、作られたものは、作り手がいます。
「作る」という事は「意思」や「思想」、「理由」があります。
それが研ぎ澄まされていればいるほど、作品はキャプチャなど必要なくとも雄弁に語り、存在を誇示します。
ルーシーの器はおしゃべりです。
触れたい、使ってみたい、と思わせるほどにおしゃべりです。


とろりと微細に流れるよう計算された釉薬の滴に、鮮やかな色彩の器たち。
穢れない白に、乙女なピンク、エメラルド鉱石のようなビリジアン、一滴の瑠璃の濃青。
ルーシーの作品はどれも楽しそうで、見ていると頬が緩んでしまいます。
くすっと、笑ってしまう作品もあり、さまざまな角度で飽きずに眺めてしまいます。

こんな器と暮らせたら幸せだろうなぁ。と、硝子ケースの向こうのルーシーの欠片達に想いを寄せた夜でした。

ちなみに、翌日に陶器の皿を割ったのは何かの因果でしょうか…。。。
いつもならものすごく落ち込むのですが、ルーシーの魔法?で「…作ればいいし!」とか。笑
まだやっても居ない事に希望を抱ける、非常に楽観的な桐島でした。笑
 







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展示会巡回記録。

時間に限りはあるけれど。与えれらた時間の中で時間を作りだしてゆきたいですね。

と、いうこと?で。木桃さんに教えていただき…渋谷パルコパート1で展示中の蒼井優展「うそっ。」見てきました。

http://www.parco-art.com/web/factory/aoi1005/index.php




スタイリストの大森伃佑子さんの名前がどーん!と載ってたので、かなり期待してたのですが。
全体的には確かに大森さんテイストなんだけど、ちょっとポップでキャッチーすぎたかなぁ…と。

構成としては蒼井優とうそつき達(此処で言うスタイリストとかメイクさんとか)による展示。
と、あったんだけど。手法としては「うそ」ではあるけど、メインテラ―の蒼井優は蒼井優のそのままのキャラクタで。

大森さんの作る世界観にしてはライトすぎる感はありました。
彼女の、夢の中のような、曖昧すぎるダークファンタジーのような世界観が好きなので。
まぁ、大森さんだけの展示会じゃないし。仕方ないよな、と。納得したことにしておく。
場所が場所なだけに、ポップでキャッチーないわゆる「イマドキ」感がアリアリでした。笑
可愛いんだけどね。「わ〜!かわいい〜!」で、終わってしまいそうな。そんな感じ。



メインの3Dも映像あり、展示あり、で。おもしろかったんだけど。
会場がとっても狭い事もあり…うーん?入場料要るのかな??と、首をかしげてしまいました。
3Dメガネ(昔の付録みたいなキッチュな赤と青のやつですよ〜)をかけて会場を巡るのはおもしろかったです。
映像作品も面白かったんですけどー…画面が小さい上に2つしかヴィジョンがなくて。

ミニマムな展示という意味では可愛いのだけれど、それだったらパルコじゃなくて小さな一軒家ギャラリーとかで見たかったなぁ。
出来あがった作品とバックマージンがちぐはぐになってしまっている感がちょっと…。
おどろき!という意味での「うそっ!」が視覚効果だけになってしまっていた事が残念。



わかりやすい、単純に見て面白い、誰が見ても同じ感想を得る、という事が
時に大切だったりすることがあると思います。

それはプロフェッショナルな「仕事」であると、僕は思います。
なんだかちょっと色々考えてしまった展示でした。



あ、展示自体は蒼井優ちゃん。すっごく可愛いかったですよ〜。
物販も凝ってて色々目移りしちゃいました。(特にドレスコートが素敵でした…!)

そして。パルコ1Fのカフェでコラボケーキがあったのを会場に入る前に発見し。笑
しっかりランチと一緒に食べてきましたよ。うーん。可愛い!笑
パリの子供のお菓子みたいですね〜。
結構大きかったので二人で半分こしました。笑
(案の定かなり甘くて半分で正解!)



ランチ後渋谷から地下鉄半蔵門線で清澄白河まで移動。
小山登美夫ギャラリーの奈良美智さん「セラミック・ワークス」です。

http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/yoshitomo-nara-exhibition-2010/

AtoZ展終了後、奈良さんがたびたび「陶芸」という言葉を呟いていて。
金沢の展示が終わった後に陶芸製作に入っています、と聞いた時からどんなものを造るんだ??と思ってて。
それがこういう形で展示を迎えたというのは、時間の経過。というのを、すごく感じます。

奈良さんの創る作品は、それがドローイングであってもアクリル画でも、立体でも、テキストでも、陶芸でも。
あぁ、奈良さんだなぁ。と、どんな媒体であってもどんな貌であってもストン、と納得してしまう。
それは奈良さん自身にブレない芯があり、それを表現する事が出来ているから。
モノを創る人の在り方というのを、いつも問いかけられます。
いろんな形があっていい。けれど、中身が無いものは無意味だ。と、いつも啓示します。

ライトなものが悪いとはいいません。
そういったものが必要な時もあります。でも、それは「取るに取らないもの」として存在しているもの。
本当はそんなもの、何処にもありません。意思がないと「存在」出来ないものしか、この世の中には「存在」出来ません。



意味というものを、明文化してアピールする必要はありません。
それでも、自分の中に確固たるひとつの「答え」は必要だと、思います。
未完成なままでも強い、何か。それが無ければ「創る」意味が存在出来ないと、思うのです。

奈良さんの創るものは奈良さんの呼吸が聞こえます。
ご本人にお会いすることを僕は、避けてきました。
本人に会わなくても、言いたいこと、伝えたい事は作品から感じることが出来るからです。
僕が奈良さんから与えられる事は、それで十分で。
僕が奈良さんに与えられるものは、何もないから。
あぁ、会う理由が無いなぁ。と、思っていました。(作家の森博嗣も同様)

しかし、最近は。前よりも、ほんの少しだけ、会う機会を探っている自分が居たりします。
何故かはわかりませんが。何だか、ちょっと。意識が変わってきたというか。
図々しくなってきたのでしょうか。笑



奈良さんの後は、同じビルヂングの下の階へ降りて…
タカ・イシイギャラリーの荒木 経惟さん「古希ノ写真」を見てきました。

http://www.takaishiigallery.com/jp/exhibitions/2010/koki/

荒木さん(通称アラーキーで有名なあのオジチャンです)の写真は端的にはいくつか拝見していましたが。
こうしてまとまった展示を拝見するのは初めてなんじゃないかなぁ…と、思いました。
荒木さんといえば「人妻エロス」ですが。笑
人妻写真も壁一面にあり、撮りおろしのスタジオファッションアート的なモノクロームもあり、空のランドスケープあり、ご自宅を撮りためたエッセイありの、荒木さん自身を多角的に表現するものでした。
これだけのジャンルを無差別(といったら失礼になるかもしれませんが)に展示して、絶対的なものは全くゆるがず。
それぞれが放つエネルギーや世界観は全く同じ。
ぱっと見は全く違うのに、本質をつなぎ合わせてゆくと、一つの形になる。
その貌があまりに美しくて。その貌に触れる事がとても気持ち良いことで。
人は「アート」という表現に心を奪われるのではないでしょうか。



正直なところ、今回のプレスフォトである荒木氏の愛猫チロの遺姿の写真を前にした時に。
自分は泣かずにしっかり対峙出来るだろうか。と、思っていました。
でも、それって。作品に対する感覚、ではなく。自分自身の感情の突出、ですよね。
純粋な感情・感覚のシンクロという意味での涙、はあると思うのですけど(感覚を揺さぶられた故の涙、のような)僕が危惧しているのは僕自身の涙であって。
荒木さんの感覚とは違う、涙だったのだなぁ。と、作品を目の前にして思いました。

何かを失って悲しむ。のは、失った自分がかわいそうで、悲しむのだ。
と、僕は思います。
失われたものは既に無いのですから。悲しいのは自分だけです。
自分が悲しいから、泣く。 どんな綺麗な言葉で書き連ねても、結局は自分自身がかわいそうで泣くのだと、思います。

人は自分自身という個人の枠組みの中でしか生きられないのだから、それでいいのだとも思います。
失った悲しみは確かに自分のものだし、そうすることでしか答えもないのだと、思います。

「自分のことじゃないのに、涙が出るのはなぜだろう?」

と、いうキャッチコピーがありました。とても秀逸だと思いました。
今でも心に残っています。今でも、答えが出ていません。

荒木さんの作品として存在している「チロ」は確かに荒木さんの作品でした。
そこに在るのは確かな「愛」であり、「生」であり、「死」でした。
荒木さん自身がおっしゃっている作品テーマ「エロス(性・生)とタナトス(死)」です。
エロスもタナトスも、荒木さん自身の一つの「愛」の答えです。

ぼんやりと、空の写真を真ん中から眺めた時、人妻エロスとチロの写真のちょうど真ん中の展示であると思いました。
生きることも、死ぬことも、全ては同じ場所に行きつく「愛」であると。
僕は、この展示を見て思いました。

しかし、豊満な肉体の「人妻エロス」と、静謐な空の写真と、愛猫の遺姿と、スタジオフォトを、同意義に展開出来るアラーキーの力量に感服しました!笑
本当にすごいパワーと感性です。素敵過ぎる。
古希を迎えますます精力的に活動する荒木さん。いつまでもお元気で居て欲しいです。

本日の写真はコンデジ。クールピクスP5100。
お散歩写真でしたが、なかなか楽しかったです。
お誘い&お付き合いいただいた木桃いつなさん。ありがとうございました*








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チャラヤンの思考。

東京に戻ってきたら仕事やら何やらが、色々山積みで僕を待っていました。笑
そんな日々こそ楽しみつつ、いろんなものを吸収しようと思っています。

朝から東京キャットガーディアンさんの取材に奔走していたのですが(その記事はまた後日!)午後からは展示会を観に行ってまいりました。

「フセイン・チャラヤン- ファッションにはじまり、そしてファッションへ戻る旅」
in 東京都現代美術館
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/113/

です。
僕がファッションにものすっごく興味があったのが2000〜2005年頃。
今はパリコレも好きなブランドしか観なくなってしまいましたが…当時はちょこっと服飾に関わっていたこともあり、彼の作品もものすっごく観ていました。
彼の世界観は「未成熟の成熟」です。「不安の安定」とも、言える。



人は発想を得た時点で思考を開始し、完結したものを作品として提示する。
もしくはそこで終了し、安堵するわけです。
彼の世界は着想を得た時点で完結し、完成された世界な、気がします。

「分からない」という一つの提示。
「たくさんある」という一つの着想。

バラバラに投げかけられた思考の欠片は、バラバラなまま僕らの前に提示されます。
なので、投げられた方は混乱します。笑

その混乱、こそが。チャラヤンの世界な、気がします。
年代ごとにたくさんの「物語」があります。
彼の作品は常に物語があり、完結していません。

どうして「服飾」なのだろう?と、思います。
映像も創るし、ディレクタ的なこともしているチャラヤン。
クリエイタと言ってしまえば、それまですし、アーティストと括ってしまうのは簡単です。
チャヤランが「服」にこだわる理由、に。興味があります。



彼の創るものは「●●風」というカテゴリには全くはまりません。
フセイン・チャラヤン風、としか。言いようがない。

本当はみな、そうであるはずなのに。
どこか安心を求めてカテゴライズをしたがる性質が、人間にはあると思います。

安心しない、という探究。
チャラヤンには、「不安」が付きまといます。

それは確かに「怖い」のに、触れたくなってしまう。
そんな、彼が。僕は気になります。

 

好き、と安易に言えないような。
心の中に暗くて湿度の高い確執が残るような。
そんな、展示でした。

チャラヤン展は6月20日まで開催中です。

最後の桐島写真は木桃さん撮影です。
お付き合いいただいた木桃さん、ありがとうございました*









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