7月の境界。@上野不忍池の古代蓮

2日間、早朝の蓮撮影に行って来ました。
1日目は7月31日、2日目は8月1日。
計らずともそうなったのですが、まずは1日目。
7月の境界の写真。



久しぶりのNikon機。航空祭と花火撮影でしか使わない望遠レンズ(〜400)が活躍。
蓮は遠い所にいい子が咲いている事が多い上に近づけない事が多いので、出来れば望遠レンズがあるといいです。
2日目は接写できる場所を見つけたのですが、1日目は不忍池一周したのでこの辺は遠いところの写真。
400弌淵妊献織覺校擦600弌砲妊▲奪廚鮖ると接写みたい。



フィルムイメージ、ベルビア風に現像しました(RAW撮影です)
あ、いや…フォルティアかな?笑

鮮やか過ぎるマゼンダ強めの透明。
夏になるとこの色彩が恋しくなります。

眼で見ている景色と脳が感じている色彩の狭間を一回、どろどろに溶かして作りかえたみたいな世界。なぜか、ファインダーでは、この色彩で見えているのです。



何処までも透明感がある透けそうな白と薄桃の花弁に、声が漏れてしまったような、一息の濃い桃色。
組み合わせた指先みたい。

ゆっくり、伝って、触って、先端で、声が漏れたような、そんな、艶。

花はそれぞれに意志があって、心があって、感情があります。
だから、ファインダーを通すとシンクロというか、指先で感情の表面をなぞるような感覚になります。
普段はなんとなく感じているそれらに、直接触れたような感じがする。
瞬間、だから、写真が好きなのかもしれない。



絵にしてしまうと、輪郭を描いているうちに、色彩を描いているうちに、境界線が混じり過ぎてしまう。弱い心が、飲まれてしまうのが怖くて。客観視しすぎてしまう。

一瞬の、交錯が全てを決める。
一秒以下の世界で、今まで生きてきた全てが込められてしまう。

その、一瞬の力加減が、自分には合っているのかもしれないと思います。

剣道の一手に、似ています。
見極め、というか一瞬の光が見える。気持ちの方向が一瞬だけ、見える。
そこに、気持ちも身体も、吸い込まれる感覚。

気持ちが動く写真、気持ちが静止した写真。
どちらも、撮影するのは一瞬。



ぼんやりしたくもり空。朝7時の上野公園。

一面水草が生えた緑の絨毯は花弁が沈まない不思議な浮遊感。
ふかふかした芝生に見えて、歩けるような錯覚を覚えてしまう。

ころんとした濃桃の巨大な蕾は、どうしてそんなにバランス良く立っているのか分からないくらいに大きくて。
あ、生きてるからか、って変に納得する。
バランスを保つのは、生きてるからで、生きてく為にはバランスを保たなくてはいけないんだ。って、なんか、思いました。

植物は完璧な形をしているわけじゃないと思う。
完璧な生き物はいなくて、全ての生き物は少しづつ歪んだ矛盾を抱えている。
その矛盾を抱えて歯を食いしばる事を、生きる、と呼ぶんじゃないかと思う。


時間そのものを撮る事は出来ない。時間というのは概念であって「存在」しないから。
でも、存在しないのに「在る」と誰もが信じているのは不思議。
そして、存在しないのに「在るように撮る」ことは出来る不思議。

眼に見えないものは信じない!!と言う人は幽霊を信じないくせに、時間を守る。

なんだろう。その感覚というのはすごく面白いなぁ、と思いました。

磨き上げられた鏡面に映った虚像と、ギリギリ保っている花弁と、境界線に曖昧に浮かぶ欠片たち。

ひとりで眺める一面の蓮たちは、なんだかとても雄弁で静かで、撮っている時は確かに無心だったのに。こうして書き留めるとツラツラと、なんだか色々思うので不思議です。

二日目に続きます。




にほんブログ村 写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真

Ein Sommernachtstraum: Ouvertüre (op. 21)@木桃いつな

年毎に薔薇園で写真を撮りたいと思っていますが。
また、二年ぶり。一年おきに撮影しています。薔薇園です。

今回は大好きなウィリアム・シェイクスピアの『夏の夜の夢』(A Midsummer Night's Dream)の世界観から。
と、いっても「フェアリー・テイル」は2009年にKとさくまくんで撮影していて。そっちのイメージじゃなくてもうちょっと世界観のみ、というかシェイクスピアが持つ硬質感を表現したくて。
メンデルスゾーンの「ある夏の夜の夢の序曲(Ein Sommernachtstraum: Ouvertüre (op. 21))」もイメージにありました。



妖精というよりは人間で、でも。人間ではない「美しいモノ」。
薔薇の森に潜む美しい生き物。

今回はそんなコンセプトで、儚さや夢うつつな感じを撮りたいと思って。



今回の木桃さん。とっても、透明感があって綺麗です。
前回と全く違う印象。前回は可愛いらしい感じでしたが、今回は少し陰鬱な印象で。

木桃さんは桐島の心象影響を受け表現してくれる被写体です。
撮影のコンセプトはいつもいろいろありますが、唐突に「演じる」ものではなく。日常の中の心象風景を切り出して広げたものが全て。

共感覚、というものは信じていないけれど。
もしかしたらこの瞬間はそうなんじゃないかと錯覚します。

被写体と撮影者の間で、自分がどっち側から見ているのか分からなくなる時があります。
きっと、木桃さんも桐島の眼になって自分を見ている時があると思ってしまう。



ファンタジックなのだけど、明るい印象ではなく。
ファンタジーというのはアメリカのものではなく、仄暗いイギリスの印象です。
フランスの華やかさとの田舎の教訓じみたものとも違う。
この世とは少しだけ乖離した透明感と恐怖の、歪んだ世界。



この一枚だけ、ちょっと違う雰囲気で撮りました。人間ぽい。
真っ赤な真紅の薔薇が居たので、一緒に撮らせて欲しくて。
白いワンピースと真紅の薔薇というもの凄い組み合わせですが、透明感があります。
この色彩の薔薇をさらりと纏うのは木桃さんならではかと。



そして、今日のイメージはこのワンピ。
蝶の翅です。蝶は桐島が博物館で過去に撮影したもの。
それをコットンに印刷して、縫いとめてます。

鮮やかな蒼い蝶の翅。
フェアリーティルは天使の羽根ではなく、脆く美しい蝶の翅。



秘密の花園。
取り残された翅。

久しぶりに枚数を撮影しました。とても素敵な写真ばかりです。
境界線があるとしたら、あちら側の方が近かったかもしれない。

そんな、薔薇園でした。
木桃いつなさん、被写体ありがとうございました。とても美しかったです。


桐島も、被写体をしたので別記事で掲載します。
撮影、ありがとうございました。






 

6月に写真展開催決定!




にほんブログ村 写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真


八重桜と、Mémento-Mori @木桃いつな

関東地方はソメイヨシノは散ってしまいましたが、八重桜が満開です。
考えてみれば八重桜と人物を、きちんと撮らせて頂いた事がありませんでした。

八重桜は好きです。ソメイヨシノが葉桜になって、心が安心したころふんわりと柔らかく咲き誇る濃い桃色。
今年のソメイヨシノは去年と同じワンピースで撮らせて頂いた木桃さんに、真逆のお洋服で撮らせて欲しい、とお願いしました。
ソメイヨシノは「死」のイメージがあります。終わりが見えない死の印象。

そして、八重桜はそういうイメージはなく、朗らかな柔らかさがあります。勝手に。笑
だから、八重桜に甘えてみました。
八重桜の優しい色彩のもとで、春を憂う、故人を思う、死を思う(Mémento-Mori)喪服のような世界感で、と。 木桃さんに、お伝えしました。



じっとこちらを見つめる訝しげな印象。
樹の褐色に溶け込んでいるような。ワンピース。



八重桜は、曙という品種。
一般的に思い浮かべる八重桜だと思います。
ふわふわと、手鞠のように花を咲かせる桜。

柔らかな虹色の葉も、寄り添います。



とっても大きな一本の八重桜。
引いても全部が入りませんでした。

どうしても俯瞰で撮りたかった。この、雄大さ。
視界を覆い尽くすのは薄紅ではなく、優しい優しい、お花紙で作ったみたいな八重の桜。



日本には四季があります。
望んでも、望まずとも、季節は廻ります。

僕らはそのたびに、暑い寒いと口々に言い、去年と同じ季節を繰り返します。

毎年桜を撮影します。毎回木桃さんを撮影させて頂いています。
それでも、明確な答えが出た事はありませんし、出そうとも思っていません。

こうしてぐるぐると、回遊魚のように。巡っている行為そのものに意味を見出すしか、無いのではないかと。
もしくは、巡っていることさえ俯瞰して観なくてはいけないんじゃないかと。



視線と目線の交錯は一眼レフカメラのファインダ越しでないと出来ません。
カメラの暗い箱の中で目が合います。

ライブビューは画面を見ていますが、ファインダーは実像を見ています。
不思議だけれど、そんな「些細」なことが何よりも撮影を左右する。
だから、「些細」じゃなくて「重要」なんだと、思う。



別の八重桜。

枝振りがあまりに素晴らしいのでモノクロームにしました。地面に這うようにして咲き誇る樹は迫力があります。
捨てられたかのように見えて、勝手に生きている。
そもそも、人間の為に咲いているわけではない、彼ら。

植物は美しく、強い。

それは、人間のそれとは違うから、比較にはならない。



それでも、花に沿うような人はいます。

桐島は花と人を撮らせて頂くことが大好きです。
植物と人は全く違う存在だけれど、全く違うからこそ、惹かれあう事があると思います。

人間が想いを寄せるほどには植物が人を愛する事は少ないと思いますが、それでも同じ時を交錯する人には心を寄せてくれます。

だから、「人」の背景として「植物」を撮りたくない、と思います。
目の前全てが被写体で、全てが美しい世界で、不要なものは何もないと思いました。

画面を「整理しない」ということに憧れます。最近の目標でもあります。
整理しないで、全て受け止めて、作品にしたい。

構図とかじゃなくて、色彩とかじゃなくて、もっと、別の言葉にならない感情。
それを、もっと撮影して行きたい。



撮影中のスナップ。笑

撮影日はものすごい強風で、撮影に行くのを止めようかと思ったくらいなのですが…。
結果としてとても美しいものを撮影させて頂きました。

木桃いつなさん、体調の優れない中無理を聞いて頂き、ありがとうございました。
芯のある春の色彩がとても素敵でした。





もう少し、春の気配がしそうな東京ですね。
北のほうはこれからソメイヨシノですね。
順に、ゆっくり訪れる春。
そして、もう一段深い色彩になる八重桜。

八重桜が散ったら、薔薇の季節ですね。
あの、秘密の庭に帰りたいです。







桐島ナオが編集長を勤めるリトルプレス写真誌「graph.」第3号の発行となりました。
今回は「桜」特集。
東京の、今年のソメイヨシの桜はもう散ってしまいましたが、桐島が想いを寄せたのは京都と青森の八重桜です。柔らかな光と優しさが光となって春を消してゆきます。


桐島ナオ講師のPhotoCafeが今年もGWに関西出張します!


にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真

-entr'acte- 涙ガラス制作所さん個展

涙ガラス制作所」さんの個展に行ってまいりました。
展示にお伺いするのは2回目。
夏に鉱石アソビの撮影で作品に関わらせて頂きましたが、こうしてひとつの世界観として拝見するのは久しぶりです。

普段はシドニーにお住まいの松本さん。
DMを頂き、お伺いさせて頂きました。

涙ガラスさんの作品はとても「詩的」です。
そのサイトを拝見しても判る通り、静謐で硬質な雰囲気。
作品や展示会場もそのままの雰囲気。
しかし松本さんはびっくりするくらい朗らかでよく喋る方です。笑
作品イメージでお伺いするとびっくりするのですが、木桃いつなさんも対外的には朗らかでよく笑う人なので人の多面性を垣間見るなぁ、といつも思います。笑



今回の会場は吉祥寺の「poool」さん。
休日の吉祥寺はとにかく人が凄くて眩暈がしそうだったのですが、この建物は何だか静かなたたずまい。
もう今は無くなってしまった同潤会アパートみたいな雰囲気。原宿じゃなくて代官山の方を思い出しました。



学生の頃迷い込んでしまって、ここはどこ!?という異空間に鮮烈な思い出があります。
原宿の同潤会も不思議な空間だったなぁ。
その後ハービー山口さんの写真集でその場所を知りました。昔はあまり東京へ出たいと思わなかったのだけど、あの場所にはもう一度行ってみたかった。
東京はこういう場所がどんどん消されてしまうので悲しいです。


「poool」さんは大変なにぎわいで、みなさん真剣な表情でアクセサリーを選んでおられました。そこかしこに下がる硝子の涙。
涙ももちろん綺麗なのですが、きらきらひかるピアノ線のようなテグスもとても美しく。
静かな朝にこの光景を見れたら素敵だろうなぁ、と思います。



写真を撮っている間中は周りの声や人の波が全く別の世界のものとして淘汰されるのが嬉しい。
やっぱり人が多い場所は苦手です。



パイレックスを使った涙ガラスさんの作品。
ひとつひとつ形が違います。
ほろりと、零れて、そこにとどまる意識のような繊細さ。

前回の「Gallery SU」さんと既視感を覚えるノスタルジックな空間。
作品と会場がいつもとても素敵な調和。
今回は作品数が大量で、会場も少し広くて、次から次へとお客さんが作品と手に取り購入してゆく先からオーナーさんがどんどん補充するので(笑)ずっと作り続けられる異空間みたいでとても不思議でした。


シャンデリアのようにディスプレイされた吊るされた涙。「逆さ玉」という作品。
この空間がとても綺麗でした。
こちらの涙をひとつ、連れて帰りました。
何を逆さにしてみようかな。



また、とても気になった作品がこちら。
ディスプレイだったのですが、木彫りの女性に硝子の躰。
身体の中からビィズのついた糸を手繰る彫刻。
繊細な表情に、息が止まります。
このほかにも彫刻作品があり、とても印象的でした。
以前、BLOG記事で木像を製作中とあったので、この人かなぁ…と思ったらそうでした。
船越さんの世界観を彷彿させます。繊細で芯がある美しさ。



それと、とても綺麗だなぁ、と思ったのがこの鉱石みたいな硝子。「水の結晶」という作品。前回拝見出来なかったので嬉しい。
下部分が鋭角になてって半透明なんです。もちろん中には涙。
なんとも、言葉にしづらい気分になって。
あぁ、すごく綺麗だなぁ。綺麗だなぁ。と、思って、ぼんやり見てしまいました。



ほんとうに、たくさんの女性が同時に作品を手に取ってあっちこっちで悩んでいるので、なんだかそこで割って入って、悩めず(笑)
逆さ玉さんだけにしました。
うーん。手にしてみればよかったかな…(^^;)



会場ではワインとお菓子を頂けるので、お客さんが少し減ってきたのを見計らって頂いてまいりました。
温かい日だったので、冷たい白が気持ち良かったです。




そして、ギャラリーを出て、せっかくだし何処か見て行こうかなぁ…と思ったのですが、やはり吉祥寺の人並に入り込めず…公園側に逃げるも、公園側も人が多く…!!!(´;ω;`)ブワッ
道路の反対側の小さな暗めのバルに逃げ込みました。

とっても美味しいお酒と、パンとアンティパストを頂きました。
ブリュレも絶品でしたよ。

もう。。。。こんなに人が多いのが苦手だったっけか…。。。と、頭を抱えるくらいちょとくらくらしてしまった一日でした。
展示空間はとても素敵でした。平日にゆっくり行きたかったなぁ!
展示&来日お疲れさまでした。また次の機会も楽しみにしております。
お身体にお気を付けて、頑張ってください(^^)






桐島ナオが編集長を勤めるリトルプレス写真誌「graph.」第3号の発行となりました。
今回は「桜」特集。
東京の、今年のソメイヨシの桜はもう散ってしまいましたが、桐島が想いを寄せたのは京都と青森の八重桜です。柔らかな光と優しさが光となって春を消してゆきます。


桐島ナオ講師のPhotoCafeが今年もGWに関西出張します!


にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真


淡い春の記憶@木桃いつな

桜撮影2本目。今年のソメイヨシノです。
毎年撮影している千葉県某所場所から変わり。埼玉県へ。

今年の桜は開花が非常に早く焦りましたが(^^;)花自体はすごく長く咲いてくれたので嬉しかったです。



「桜が苦手なのに、どうして桜の写真を撮ろうと思うのですか?」と質問を頂きました。

被写体をして頂いている木桃さんも、ソメイヨシノは怖い。と言っています。
そういう意味では僕と似た目線の高さで桜と向き合ってくれているので、作品作りの上では非常にありがたいです。

どうして「撮りたい」と思うのか。 という質問ですが、
「撮りたい」ではなく、「撮らなくてはいけない気がする」のが、ソメイヨシノです。

「苦手」なものは自分にとっては「興味深い」ことと同じ位置に心があります。
拒否反応を起こしているという事です。
僕にとっては「心が動く」というのはその反応の中身は関係なくて、単純に心が大きく揺れ動くものを写真に撮ります。

「希望」と「絶望」が同意義なんです。



だから、「幸せを感じている」ということと「絶望に打ちひしがれている」というのは全く同じ状況で。
ベクトルがプラスに向いているか、マイナスに向いているかの違いだけであって。

心が大きく動いている状況、というだけです。

僕はその両方を単純に写し留めてゆきたいと思うのです。

だから、「撮らなくてはいけない」と感じます。



数年前までは「自分の心象をある程度整えた状態」で作品作りに向かおうと思っていました。「写真を撮りたい」と思う意欲の元に撮影に臨むという意味です。
だから、撮りたくない気持ちの時にはシャッターが押せませんでした。

今は、そういう気持ちの時にも、カメラと向き合う事にしています。
まとまりが無くても、答えが無くても、汚くても、支離滅裂でも、置かれている自分自身の状況や心象を作品に昇華すること自体に意味があると考えるからです。
そこに、自分自身の保身やプライド、見せたい貌や意志は関係ないと。
どういう風に考えるようになりました。

作品に思いをぶつけて昇華しよう!というわけじゃないんです。
なんというか、そのまま縫いとめるような、淡々とした感覚に近くて。



人を撮りたいと思うようになって、人と向き合うようになって。
自分自身と向き合う事が多くなりました。

このサイトで被写体をお願いしているモデルさんは多くありませんが、木桃さんは最近一番多く被写体をお願いしている方です。
その理由は、見ている視界の深度が少しだけ、似ているからです。

世界を見つめる温度。湿度。角度。
その深さが、カメラを構えて、意識を深く落とし込んでゆく過程で、シンクロします。

ものすごく人が多い場所なのに、すっと、音が消える。
雑多な風景なのに、何もかもが見えなくなる。

撮影中に指示をすることはほとんどありません。
でも、彼女の目線の先の光景を、僕は彼女の眼になって見ていると錯覚することがあります。
たぶん、彼女も僕の眼になって、自分自身を見ている事があるのかもしれません。



ふと、添えた鉄柵の意識の先の桜の花びらの感触を。
何故か、僕が感じている。

それは、錯覚なのだけれど、嘘ではない感触。



敷き詰められた桜の絨毯は雨に降られて茶にくすんで、すぐに土に還る。

少しだけの薄紅は薄めた肌色にも見えてなんだか不思議な色彩に見える。

ぐるりと桜に囲まれたこの場所の下に何かが埋まっているとしたら、何だと思いますか。



水面のように広がる輪を見ながら。
今年のソメイヨシノはなんだか、少しだけ感傷的な気がしました。

眸に落ちた光が、水面のように見えて。
シャッターを切ったことを、覚えています。


木桃さん、寒い中ありがとうございました。










桐島ナオが編集長を勤めるリトルプレス写真誌「graph.」第3号の発行となりました。
今回は「桜」特集。
東京の、今年のソメイヨシの桜はもう散ってしまいましたが、桐島が想いを寄せたのは京都と青森の八重桜です。柔らかな光と優しさが光となって春を消してゆきます。


にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真

Efterklang af den karminrφde@木桃いつな

先日の桜撮影の日に、真っ赤な森を見つけました。
木瓜の花。

こんなに大きくて圧倒される木瓜に出逢ったのは初めてです。
視界を覆い尽くす赤。
薔薇を思い出す赤。
この時期にものすごく視界に飛び込んで来る、圧倒的な色彩。



まさかこんな光景に出逢うとは思わなかったので完全に即興の撮影でしたが、たぶん。桐島と木桃さんが共有した世界観は同じで。
「殉教」という言葉が頭に浮かびました。

鮮やか過ぎる色彩は現実感を無くします。
教会で見る何百年も前の宗教画は、とっても鮮やかだったと書いてあります。
ステンドグラスの光彩のように、ぼとりと落とした色彩。

桐島が来ていたコートとストールを巻いて貰ったのですが。
ちょっと、ドレスコートみたいで素敵になりました。



眩しい赤は異国を思い出します。
日本の春はやっぱり淡い色彩で、夢の中みたいだなぁ。って思うのだけど。
鮮やかすぎる色彩も非現実で。

夢の中は淡い色彩だって言う人が多いけど、桐島の夢はこんな風に鮮やかなカラーな時もあります。(モノクロの時もあります)
フジフィルムのベルビア50みたいなべったりな色彩。
鮮やかすぎるこういう色彩は、感覚が過剰反応して。
どうも、感情的になってしまう。



桐島は、写真(特に人)を撮るときは出来るだけ「客観的に撮ること」を意識しています。
たぶん、ものすごく感情移入してしまうので被写体と距離を置くことを少し意識するくらいで、ちょうどいいんだと思います。笑
たまに、その意識を取り払って、ものすごく感情移入して撮ることもあります。
急降下する意識が貧血みたいに、さーっと下がっていくのを感じて。
周りの音が何も聞こえなくなって、被写体の意識が自分の中に入ってくるのを感じます。

ぐわんぐわんする視界を抑え込むような、そんな激しい感情を抑え込んでシャッタを押し込む感覚。
そういう写真を、たまに撮ります。

「薔薇みたいだね」って投げかけた僕の言葉を飲み込んで、
「キリさん、この子、棘がある…」と、大きな棘を撫でる手が印象的でした。



木桃さんの感情は結構激しいので。笑
普段は綺麗に整えられた鋭利な結晶を一粒、撮っている感じです。
でも、即興みたいな撮影は感情がそのまま交錯してしまう。

桜の時とは違う、木桃さんの意識がぐさりと、自分の中に刺さってくる。
どくどくと流れてゆくものを、両手で集めて写真にする。
そんな、感じです。

ちょっと、いい写真はまだ載せないでおきます。笑



信仰って、激しい感情だと思います。
その激しさの先に、安らぎがあると信じられるから自分を誤魔化せる。

とても、長崎に行きたくなりました。

木桃さん、ありがとうございました。





あ、記事のタイトルはデンマーク語で「Efterklang af den karminrøde=緋色の残響」という意味です。
デンマークにはちょっとだけご縁があって。言葉の響きが好きなんです。。。




桐島ナオが編集長を勤めるリトルプレス写真誌「graph.」第3号の発行となりました。
今回は「桜」特集。
東京の、今年のソメイヨシの桜はもう散ってしまいましたが、桐島が想いを寄せたのは京都と青森の八重桜です。柔らかな光と優しさが光となって春を消してゆきます。


にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真


巡る、桜と。巡らない、想い。@木桃いつな

春になると焦燥感に苛まれる。
特にそれはソメイヨシノが咲くころ、溢れだしてとまらなくなり。
どうしようもない虚無感と絶望でひざ下が重くなるような感覚になる。

どうしてだろう、と思いながら先日の蒼暮櫻の記事を書いたのですが。

FBで「桜は、年月を重ねて行き見る人に、特徴的な意味を持たせるのでは?」コメントを頂きました。

たしかに、そうかも。と納得。
物心がついたころ。集団生活に入る前までは桜や春に対して何も思わなかったのは覚えています。
春でも夏でも秋でも冬でも、何かに縛られたり感情の上下も特になく。
自分の小さな世界の「今」だけで生きていました。
それが、「子供らしい」ことなんだと僕は、思います。

生きていると、どうしても逃げられない事や理不尽な事が目の前に現れます。
それは、日常の中から少しだけ離れた所に澱のように累積して。
とあるごとに繰り返し再生されます。
その、切っ掛けになるのが毎年一気に咲く「桜」なのかなぁと思います。

今年の桜撮影も、木桃さんに被写体をお願いしました。
「去年の夢の、続きみたいな雰囲気にしたい」とだけ伝えて。
ワンピースを、去年と同じにして頂きました。



木桃さんはこれまでもたくさん撮影させて頂いているのですが、今回はgraph.のロケやお仕事の撮影以外で撮らせて頂くのは去年の7月ぶり。
半年以上空いていました。びっくりです。

なので、ファインダ越しに目を合わせた時、ものすごく新鮮というか焦ったというか。
感覚が、ぶわっと、再沸騰するような不思議な気分を味わいました。




風の無い少し、冷えた花曇りの午後。
夕方から日没までを撮らせて頂きたくて遅めのスタート。

揺れない枝先は、なぜか不安になります。
ひと気のない桜並木が、僕らを監視しているようでもありました。

単焦点50个F1.2をF1.6まで絞り込む。
すっかり慣れたこの画角は、カメラを構えなくてもその四角い天幕で世界が見える。


光を抱きかかえるような色彩。
きっと、光は抱きしめたら身体を透過して、消えてしまう気がします。
丸く零れる光の欠片は、吐息で消えてしまいそう。

一瞬だけ出た太陽が陰ると、肌の温度がすっと、下がる。
その、下がった温度のままをじっと見つめて、捉えて。



微かに息づく音を捕えて。
壊れそうな一枚の薄氷のような感情。

初めて見た光景のような、桜。

木桃さんは、僕を見ていない。
この時の撮影で思ったことだけど、ファインダ越しに眼が「合わない」。
視線としては合っているけど感情がリンクしない。


とても不安定で定まらない目線の先に、何が留まっているのか。

「木桃いつな」という被写体はとても不思議で。
桐島ナオが作り上げる部分もあり、本人が引き出す部分もあり、被写体本人とは少し乖離したひとつの人格だよね。と、話した事があります。
だから、桐島さん以外が撮ると「木桃さん」では無くなってしまう。
また違った魅力が出て来ると思うけれど、ここで見る木桃さんはここでだけ存在している多重人格の中の一人のような存在だと、感じました。



だから、撮影が終わってデータチェックをしていても、お互いに違う誰かの写真を見ているような。少し浮足立った気持ちになってしまう。

この、恍惚とした浮遊感は。現実ではないような気さえしてきます。



空中ブランコに投げ出した、指先の交差する先の瞬間から零れた一滴。
その雫が、写真に零れ落ちている感覚。

あぁ、綺麗だなぁ。とは、感じているのだけれど。
シャッタを切っている瞬間は、きっとこの文章を打っている桐島さんとは別人で。
普段仕事をしている桐島さんとも別人で。
誰でもない、夢の中の誰かが僕に重なって網膜に映画を投影しているような。

そんな、写真たちでした。



とてもとても綺麗で孤独な音楽を聞きました。

木桃いつなさん、ありがとうございました。
もう少し、春に撮らせて頂きます。
次回も、どうぞ宜しくお願い致します。



そして。
僕の、ソメイヨシノの春はとても寂しくて、悲しくて、孤独で、美しくて、どこにも行けない感情や感覚や記憶です。

それらを、抱きしめたままで、春の温かさだけに心を預けたのが、次のgraph.なんです。
それはソメイヨシノではありませんでした。
ふんわりと優しい京都と青森の八重桜でした。

僕の、重苦しい春を、記憶を抱きしめてくれた感覚。
その、「光」を、graph.では表現しています。

やっぱり、手に取ってもらうものは「光」であって欲しい。
絶望や孤独も美しいけれど。
それは自分自身のものだけであって、何かを得るものではないと思います。

だからこそ、そもそものgraph.のコンセプトである『光で何を描きますか?』という問いかけには、「希望」であって欲しいという願いがあります。

絶望も孤独も憐憫も、美しいです。
それでも、光が在って欲しい。
あなたの中に光が灯ってくれたら嬉しい。
僕の中にも存在してくれたら嬉しい。
それは、むりやりあなたを春の先へ引っ張るものではなくて、満身創痍で春を乗り切るあなたへそっと寄り添って温めてくれるような、柔らかな光と温度であって欲しい。

そう、思いながら。原稿を書きました。

桐島ナオの春は暗いです。
でも、春の先は希望でもあります。

闇が無ければ希望もない。
僕はどちらも、大事にしてゆきたい。




そんな、想いで作った『graph.#3』春号。3月30日発売します。
通販もその時期に開始しますのでどうぞ宜しくお願いします。


あなたに、『光』が届きますように。





最後に。本日の爆笑の、木桃氏を。。。笑



この、1秒前の写真は非公開にしておきます。笑
木桃さんはこういう笑い方をすると、蒼井優ちゃんに似ていると思う桐島でした。




にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真




蜂蜜とクローバーな乙女@萠&木桃いつな

撮影の依頼を受けました。お仕事の依頼です。

なので、作品撮りではないのですが公開OKと快く言って頂けたので公開させて頂きます。
skycloverではお馴染みの木桃いつなさんの大学の同級生だった萠さんです。



今日のコンセプトは「ハチクロ」です。

「ハチクロのアユちゃんとハグちゃんみたいに私と木桃さんを撮ってください。
 木桃さんは私の一番の親友なんです」

とのご依頼でした。



セッティングと小道具セレクトのスタイリングアドバイスだけさせて頂いて。
あとはお二人におまかせ。

とってもガーリィで可愛いらしい感じになりました。

今日は「いつも通りのにこにこ楽しいわたしたち」というコンセプトなのでスナップ感覚で撮影しています。



なので、木桃さんが楽しそうです。笑

作品では透明感ある感じですが、いつもはこんな感じの彼女です。笑



萠さんはふんわりしたお嬢さま。
クラシックプーもお似合い。なんだかほんとにアユちゃんみたい。

ハチクロは、コミックスしか読んだことないですけど知ってたので雰囲気をなるべく表現したいなぁ、と思いながら撮影しました。



しゃぼんだまとか。
なんか、そんなイメージなんです。

日常の延長のような、非日常。

この写真、なんかポスターになりそうだよね。笑
と、言うとアユちゃんは笑っていました。笑



女の子友達って、なんかすごいなぁ〜。と、撮影しながら思いました。笑

なんというか、こう、感性を共有したい、というか。
お揃いね!とか、一緒に行こう!とか。
そういうのって、独特な世界感だと思うんです。

それがハチクロっぽい、というわけではないのだけど。
少女漫画の世界というか、現実の中にある非現実みたいで。



約束、とか。
絶対、とか。

そういうのがまだ、効力を持っているような気がしてしまう。
「オンナノコ」って不思議だ。



そういう夢を簡単に見れてしまう軽さ、みたいなものが、ふわふわしたオンナノコ、なのかもしれないなぁ。と、思いました。

柔らかな時間。
楽しそうな二人を僕は、映画監督のような気分で撮っていました。

ものすごく小柄な木桃さんと、すらっとした手足の萠さん。
ハグちゃんと、アユみたいです。

木桃さんとどこかに行くと雨(雪)の確立が高いのですが(笑)萠さんが晴れおんなみたいで、今日は雨予報が、暑いくらいの晴天でした!(^^)

お二人に楽しんで頂けて良かったです。
プリントとアルバムとデータ、もうしばらくお待ちくださいね。

ご依頼、ありがとうございました!




にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真

作品撮り@蒼に沈む華 Röntgenシリーズ

久しぶりに夜中に花に向かう。
深夜に撮影している、蒼に沈む花のシリーズ。
しばらくぶりの撮影だったけど、意識はいつも同じ場所におちてゆく感覚。

ぼんやり浮かぶ花はセルリア。
透明な花が、剥製のようでとても綺麗な光の透過を生みます。



写真を撮っていると、思考している自分はいなくなります。
もちろん露出云々なんかは頭の後ろの方でオートで計算している自分がいて。
被写体に向き合っている自分は、無、に近い。

ただ、ただ、綺麗なものに飲み込まれてしまう。
指先の感覚とファインダを見ている感覚と、脳が見ている光景が、同じになる。



蒼に沈むのは、花でもあるけれど、自分自身の意識でもある。
レントゲンシリーズと名前をつけて撮っているのは、自分自身でもあるから。

写真は表現する手段。
だから、撮る意味が自分自身の中にしかないような写真が、一番撮りたいものなのかもしれない。

優しくなりたい、なんて思った事はないけれど。
あなたに相応しい人でありたい、とは。いつも思う。

僕は随分長く生きてきたように、思います。
もう少しだけ、あなたの夢が見たいです。







にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真

「 鉱物Bar vol.5 『 玻 璃 』」 撮影にお伺いして来ました!

鉱物を見ながら、お酒を飲みませんか。
って、誘われたらものすごくときめく人は桐島の周りに多いはず。笑



「鉱物アソビ」、「鉱物見タテ図鑑著者のフジイキョウコさんの企画展示「鉱物bar」の展示撮影のお仕事に行ってまいりました。
イベント告知のお許しを仰せつかったのでBLOG掲載させて頂きます!笑

開催地は東京、西荻窪にあるGALLERY みずのそらさま。



宝石よりも、鉱物に惹かれるのは何故でしょう。
これを磨いたら世の中の女性はもっと喜ぶのかもしれないけれど、そのままの自然の造形自
体が美しいと思ってしまいます。
何よりも、これを「美味しそう」と思ってしまうのは間違えなく長野まゆみ氏の影響です
が。笑

氷コップに盛られた黄水晶(シトリンと読んでください。笑)に、瓶詰めされた蛍石。
ため息ものに、美しい、というか、可愛いらしい。



10年前に見ていたら自分はどう撮っただろう?とか、考えながら撮っていました。
(お仕事で納品する分は色調が違うのでここに載せているのは桐島eyeの色調です)
いや、撮らないで見ているだけかもしれないなぁ、とか。笑

鉱石を見ながら、とある人の事を思い出しました。
もう逢えないかもしれない人だけれど、僕にとってはとても、とても大切な人です。



先日個展にお伺いさせて頂いた涙ガラスさんの作品も。
鉱石用に改良されていて、感動。
台座の真ん中部分がすこしだけくぼんで安定しています。



こちらも、鉱石が入るように間口が広くなっているもの。
中には蛍石。

夜道を照らしてくれそう…とか想像。
誤って口を開けてしまうと飛んでいってしまうのです。笑



日本のものだけでなく、世界各国の鉱石たち。
中にはご自身がドイツで買い付けてきた希少なものも。

スペシャルな鉱石は静謐な硝子のドームにはいっているものもあります。



桐島はやはり、青色の石に目が行ってしまいます。笑

紫がかっていて、とても綺麗。
光の透過角度を考えて撮ってみました。



まさに羽のような玻璃。
スタイリングも全てフジイキョウコさまのものですが、とてもきっちりと作り込んでおられ
て素敵なのです。

この鉱石たちを見ながらお酒を…お酒って所がとても素敵ですね。
密やかな愉しみのようで、うきうきします。

メニューもこの展示の為に作られた特別なもの。
是非公式サイトをご覧ください。
(限定メニュー等は予約が必要だったりお席も電話予約がベターです!)



ギャラリーみずのそらさんはカフェ併設のギャラリーです。
お庭に水が張ってあって、たわわな葡萄の樹からの木漏れ日も、とても。綺麗。

きらきらと、床に落ちる光の雫を見ているだけでも幸せな気分になります。



作家さんものの小物なども多数展示販売しているので、是非に。

夏の夕暮れに。夜更けに。
「鉱物bar」、いかがですか?

8月の26日までの開催です!
(26日にもう一度お伺いしたいなぁ〜・・・)





にほんブログ村 



写真ブログへ登録してみました

skycloverTOPPageへ戻るサイト TOPを別窓で開く(外部来訪者さま用)

JUGEMテーマ:写真


calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

桐島寫眞表現研究室

写真教室PhotoCafe

桐島ナオ作品展示HP

 

桐島が写真担当してます

selected entries

categories

archives

recent comment

  • それは、白よりも白く @blanc.
    ミー太郎の母
  • それは、白よりも白く @blanc.
    桐島ナオ
  • それは、白よりも白く @blanc.
    ミー太郎の母
  • モロッコ旅の記録1(日本→シャウエン旅程について メモ)
    桐島ナオ
  • モロッコ旅の記録1(日本→シャウエン旅程について メモ)
    みこ
  • 九龍暗躍活劇@昼の部
    桐島ナオ
  • 九龍暗躍活劇@昼の部
    hkakira
  • 6月のネコサツ!
    桐島ナオ
  • 6月のネコサツ!
    りさりさ
  • 暑中お見舞い申し上げレオン。
    桐島ナオ

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM