年越し京都奈良の旅@四日目

鴨川を飛んできました。




飛翔。

そう、言葉にすると消えてしまいそう。





たくさんの、鴎。
僕の周りを飛ぶ。





風切羽根を大きく広げて。
風を読み、高く、高く上がって。





信じなければ、飛び立つことは出来ない。
飛べると思わなければ、飛ぶことは出来ない。

誰かに信じさせてもらうことは出来ない。
誰かに助けてもらうことは出来ない。

そんなことに意味は無い。

飛ぶのは、自分自身の、翼しか。ないのだ。




今日は、六波羅蜜寺に詣でてきましたよ。
ここ数日はずっと考え事。思考の海に潜っています。
日本の神様とか宗教とか、考え方とか。
世界の宗教とか、いろんな問題とかと。合わせて。
いろいろ考え中です。
関係ないけど、関係ある。
考えることで、関わることが出来る。
出来ることは自分の中にしか、ありません。
だから、自分が出来る事だけは。やりたいと、思います。





思考は自由です。
翼を生やすことが出来るのは、自分の思考だけで。
どこかへ行きたいと願えば、どこへでも行くことが出来るし。
何かになりたいと想えば、何にでもなることが出来ます。





京都は雪です。
透明な、冬の日です。











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年越し京都奈良の旅@三日目

京都三日目。
今日の天気予報は雪です。

僕は南へ下っていました。

さくらです。




東福寺へ向かう小さな路地裏で。
ひそやかに、硝子の欠片のように。

透明な桜が、すこしだけ。咲いてました。

何だか、ものすごく。綺麗で。

あんまり 人に気づかれなさそうで。

綺麗でした。


方丈庭園を見たかったのだけど…お休みで。涙

雪舟の庭を見てきましたよ。



お庭を見るのは好きです。
人がいない所が好きです。笑

人が多いと集中できないしね。



このお庭のお宅が本当にいいおうちで。
ひぃおばぁちゃんちに、似てて。

久しぶりに来たような。本当に嬉しい気持ちでした。
縁側と畳と、冷たい石のおうち。
懐かしいにおい。



あぁ、ひさしぶりだな。って。
初めて来たのに、涙が出そうに懐かしいおうちでした。
すごく、好きな場所になってしまった。

また、違う季節にも行きたいです。



そして。初めてのる電車で奈良へ。

奈良は、初めてです。

なんというか。山が近くて、空があって。
安心しますね。

みんなに鹿に気をつけろ気をつけろ言われたので。
けっこう気をつけてたんですが。




間合いを測られて…じーーっと、見られました。笑

で、寄られます。



ち、ちかいちかい!!笑

今日のレンズは50mmの短焦点なんだってば。笑


鹿はかみさまの使いなんですって。




かみさまみたいなもんよねー。

ねー。

って、信号は勿論無視。笑

今日は鹿と、国立奈良美術館をメインに来たので。
ゆっくり仏像を見てきましたよ。

カメラを登録して腕章つけて撮影してました。
仏像撮るのってなんかいいですね。

む、むずかしくて涙でそうな子とかもいましたが。笑



白檀で出来た仏さま。
いいかおりがするそうです。
素敵すぎる。 おいろも素敵です。



この子一番可愛いかった子です。笑
やっほー。 みたいな。 笑




おいぬさま。笑


で。仏像たちを堪能して、ちょっと疲れたので。
奈良ホテルに行ってきました。




富士屋ホテルみたい。
クラシカルホテル。好きです。

景色がちょっとだけ、ぐにゃりとする。
むかしの硝子が好きです。



ラウンジでケーキと珈琲をいただいてきました。
ケーキがあまりにも(もうひとつ)美味しそうだったのでもう一回行くかも。。。笑


素敵すぎる空間で、まったり。しすぎて。
日がとっぷり、暮れました。

日が落ちると途端に冷えます。
シルエットは五重の塔。

今日も、いろいろ考えた日でした。

そういえば、今日で今年も。終わりです。

今年は、ものすごく、写真を撮りました。
今までで一番作品本数を取りました。
今までに無い本数と質で作品を撮る、というのが今年の目標だったので。
無事に達成出来てよかったです。
30本近く撮りましたよ。笑


今年は、長かったです。
本当に、長かった。3年分くらい、過ごした気分です。笑
ようやく年があけます。

来年は、もっと。努力したいと思います。
今年を鼻で笑えるくらいに。

もっと、芯が強い人になりたい。
なります。


今年の桐島さん。お疲れさまでした。
来年の桐島さん。がんばってください。


みなさん、本当にありがとうございました。
いつも、本当にありがとうございます。

来年も、ふつつかな僕を。
どうか、叱咤してやってください。ね。


みなさん、よいお年を。





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年越し京都奈良の旅@一日目



28日までお仕事だったので、翌日から京都にやってきました。
久しぶりの、ひとりたび。
今年の年越しは、京都です。

真冬の京都。空気が透明で、パリリとしてて。
静かなんだけど、何処かせわしない。
そんな、京都です。




12月は、撮影の予定を一本もいれないことにしてました。
予定外に京都へ来る事になったので(笑)ひとつだけ入れたのですが。
今年は、撮りすぎるくらいに撮ったので。
少し、振り返ってみようかな、と。

吐き出すだけでは、駄目だと。思うのです。
知識を得るだけでは何も生み出さないように。
創ったものも、きちんと見届けないと意味が無い。

まぁ、僕の場合は、ちゃんとSTORYPhotoにしてから。ですが。笑



それと、ここ数ヶ月くらい。まともに活字を読んでなかったのと、勉強をしてなかったので。
書籍とパソコンとカメラを数台持って。やってきました。笑
年越し、っても。京都で引きこもり決定。

でも、ちょっとは。おでかけしてきましたよ。
今日は嵐山のSAGANO-YUさんでランチを食べて。一乗寺の恵文社さんでお買い物して、三条をふらふらしてきました。



年末年始は何処もお休みがちです。まぁ、そりゃそうか。
良いお年を〜、とか言われてしまって。
あぁ年の瀬なんだなぁ。と、気づきました。

2009年は、本当に長い長い、一年でした。
3、4年分くらい過ごした気分です。笑



日々、得るもの。見るもの。考えるもの。
たくさんのことが、ありすぎて。
捕まえようと必死に、過ごしていたような気がします。
たくさんのことを考えすぎて。
なんだか、心の中がごっちゃごちゃになってしまったような、気もします。



僕は、そういう時は。『京都』が、好きです。
最初に京都に一人で来たときの事を、いつも思い出します。

ごちゃごちゃに絡まった糸を、ゆっくりほどく作業が。
割りと楽しくて。
いい景色を見ながら、のんびり。自転車に乗って。
風のにおいだとか。水の音だとか。を、聞いて。
過ごしているうちに、糸は。ほどけているのです。



悩みは、あったほうが。豊かに生きれると思います。
苦しみは、あった方が。深く生きれると思います。
楽しいこと、幸せなこと、も。もちろん大切だけれど。

僕を生かしてくれるのは、紛れも無い、この、痛みで。
僕を駆り立ててくれるのは、どうしようもない、この、焦燥で。

それだけは。無くさないように。大切に。
溶かしても、無くならない不純物の、ように。
ずっと、ずっと。心の中に。残っているのです。

それを、『芯』と、呼べるように。
もっと。強く、なりたいな。と、思った京都でした。



明日は、雪予報。だそうです。





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久しぶりグリングリン。

グリングリン=伊香保グリーン牧場です。笑




伊香保は紅葉が始まってて鮮やか!
イチョウが黄色いのは何だか可愛いと思う。
ギンナン臭くなかった。笑



今日は到着が(桐島の不調により)遅かったのでゆっくり出来なかったのですが…。
入ってすぐに スマイルが*

…でも、もくもくとお食事中。

「スマ〜!」と、呼ぶと顔を上げて「べぇぇぇ〜〜」と応えてくれて。笑
また、もくもく食事。笑

元気ならいいんだー*




ぱっち〜。
相変わらず君は美人さんだねー!!

きゅるきゅるです*



元気だったかい?



ご挨拶中*



きゅー?

なんか毛が伸びてきて もっさり。 かわいい。笑




ぐりこー*

ぐりっちゃーん。と呼ばれてた。笑
かわいい…。笑




ん?スーさん??
お散歩中でしたよ。



ぎゅう が。 なんか小さくなってた。笑
毛をかられたぎゅう。
迫力が減った気がする。笑
愛らしさあっぷ!!笑



この時は河原にぎゅう率いる 黒い三連星(勝手に命名)が居ました。笑

ぎゅうは呼ぶと遠くに居るのに来てくれるから…かわいすぎる。。。

もっふもふした!!(><)



鮮やかな色彩。
久しぶりにカメラ内の色彩パラメータ設定を弄りました。
今日は、こういう世界だったんだ。




葉の落ちた細い枝。
毛細血管みたい。 好きなんです。笑

綺麗な蒼のグラデーション。
これを見ると、あぁ。冬が来るなぁ。って思う。



奥にビニルハウスがあって。
夜になると大変綺麗だったのです。

周りが真っ暗で。
ぼんやり光る透明なビニルハウスは、忘れ去られた宇宙ステーションみたいで。
伊香保から富山、金沢へ。行ったのですが。
山の中に、あちこちでぼんやりと、浮かんでました。

ビニルハウスって、綺麗だったんだ。
知らなかったなぁ。。。

この日は霧が出てたくせに。ものすごく綺麗な冬の星座が見えて。
なんだか、悔しいくらいに、綺麗でした。

綺麗な、冬の始まりの、日でした。


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福岡への旅@後半戦



地元イタリアンの美味ランチを美味しく頂き(カノさん本当にごちそうさまでした!!)
葉子さんの愛車で太宰府天満宮へ向かったのですが。

誰かの当たり前な日常は、誰かの特別な非日常なのだと。
改めて思いました。

葉子さんのおうちや、カノさんの職場。
自分が住んでいる所からは遠く離れた世界。でも、こうして僕は此処に居る。
本当に不思議な気分なんです。
旅をする、ってやっぱり、不思議な気分です。




遠くまで広がる黄金色の原や、綺麗な稜線にかかるしっかりとホイップされた雲。
青空が本当に綺麗で。雲の影がハッキリ綺麗に山に投影されて。
空気がいいって、素敵だなぁ、と。しみじみ。

当たり前って言っても、日常にも毎日発見はあるけれど。
全く知らない景色と匂いと温度というのは。新鮮ですね。
もちろんそれに惑わされて、普段から培っている眸が見えなくなっては意味がないので。
何処に居ても、何を見ても、普段自分が持っている眸には自信を持っていたいです。




綺麗なものを見ると、綺麗だから撮りたくなる。
珍しいものを見ると、珍しいから撮りたくなる。

それは、カメラを持っている人ならどんな人でもある当たり前の感情ですが。
「綺麗」だとか「珍しい」だけじゃなくて。
普段から自分が思っている事だとか、感じている事の延長線上に。被写体があるといいなぁ、と思います。

一貫したもの、というと堅苦しいけど。
何処で、何を撮っても、同じ空気感でいたいな、と思うのです。

その場の空気は全て違うけど。同じ人間が存在しているわけだから。
その人間が居た意味の在る写真を、撮りたい。
それは「オリジナルな構図」とか、そういうんじゃなくて。

個人そのものが写し込まれた、世界。
どういう人が撮ったのか、投影された世界。

被写体は、自身を投影する媒体にしか、すぎないと思うので。
媒体に、中身が左右されては意味がないと。思うのです。

表現する事は、手段ではなく。本質にある。

そう、思っていたいです。
そう、成ってゆきたい、です。

…頑張ります。。。。笑



九州国立博物館へも行ってきましたよ。
蒼い熱帯睡蓮が咲いていて。本当にびっくりしました。
こっちはやっぱり温かいのですね〜。
長崎もブーゲンビリアが満開だったし。笑




何だか、ふんわり。包まれて、大切にされている空気なんです。ここ。
すっごく気持ちよくて。太宰府さんはこの博物館の真裏なんだって聞いてますますワクワク。

タイムトンネルのような通路を通って…太宰府天満宮へ。



梅の樹の海に潜って、抜けた先には朱塗りの本殿が。

…なんていうか。
ものすっっっごく、オープンで明るい神様だなぁ。と、いうのが第一印象。笑
こんなに「ウェルカム!!!DAZAIHU★!!」的な神様って…いないよなぁ…と。笑

建物の作り自体は別に普通で。万国旗が飾ってあるとか意味不明な人が居るとかじゃないんですけど。笑
入った瞬間に、手を引かれて進めるというか、歓迎されている。感が。 すごいんです。

良く来たな。 まぁ、ゆっくりしてゆけよ。 何処のモンだ? 今日は気持ちいいな。

たくさんの声が、届くような。 錯覚。 幻聴?

何処までも透明な青空が朱色に映えて。
本当に、綺麗な神社です。

こんなに気分の良い土地は初めてかもしれない。




葉子さんとカノさんと神社に来たら…おみくじを引かなくてはいけない気になってしまうのは京都からです。笑
なんていうかね…此処数年おみくじって、「思った事、やろうとしている事しか、書いてない」のです…。

今は努力の時です。日々たゆまず、精進しましょう。 的な内容だったのですが。

福岡に来るまでの電車の中で「今は努力して継続する事だけが本当に頑張らなきゃいけなくて…」と言ったばかりで。笑
「あぁぁ…!!!!さっき話したばっかだからもういいよ!!」と。大変憤る桐島でした。笑

京都でもあっちこっちでタイムリーな お告げ を頂き…。

葉子さんとカノさんはもう慣れっこな感じで…「神様ば、見てるっちゃ…」と生温かい微笑みを向けてくれます…。
なんだかなー…。。。。
見ててくれるのは嬉しいけど、もっと、こう。先読みして抽象的な示唆をしてくれた方がありがたみがあるような気がするのですが…。

…カミサマって、暇なの? と、思ってしまった桐島です。笑



神社の裏手には、小さな社がいくつもあって。
大きな樹がたくさん、たくさん、たくさん。居る場所があるのですが。

その樹が見えた途端、走りだしたのは僕です。

呼ぶ、声。 そうか、お前だったのか。 と。

小さな橋を駆けて、最短距離で斜面を駆け上がる。
カメラバックが重いけど、ブーツだから滑らない。

近づくと、見上げても先は見えない、大きな、大きな幹。

大人が4、5人で手を繋いでやっと一回り出来るかどうか。の、大樹。



待っては居なかったけど 逢えて嬉しいよ。 と、震えた気がした。

思わず触れた手が、離せない。

逢いたかったのはお前もだろ、と。 にやける。

伝わるのは、感覚。感情。時間。想い。呼吸。流れ。





何百年、何千年行きて来ただろう、君に。僕が、一瞬でも 出逢えて嬉しい。

触れ合う手が、本当に温かい。
交わせて良かった。逢えて良かった。

心を交わせるのは、人間だけじゃないけど。
こんなに大きな存在は、ひさしぶりすぎて。
沖縄の、ガジュマルの樹みたいな。感覚。

心を交わすのに、言葉は必要がない。

生きて来た時間も、関係ない。

どんなイキモノかも、意味がない。

久しぶりに、とてもいい出逢いで。

にまにまが、止まらない桐島だったわけ、です。笑



そんな桐島を、葉子さんとカノさんは、完全放置してくれるし。笑

ももたんはももたんで違うトコにふらふら行くし。笑

一緒に行動しているんだけど、在る意味好き勝手やらせてくれる友人が本当に有り難いのです。
同じ場所に居て、違うものを見て、違う事を感じる事が出来るというのは幸せな事です。
そして、自分と違う思考に触れたいと、思わせる人だからこそ。共に過ごしたいと思います。



大樹にお別れした後は一気に現世へ。笑




太宰府に来たら「うめがやもち」を食べなきゃ!という二人に連られて、言われるがままに食べる観光客。笑

うめがやって何〜?と、首をかしげながらとりあえず写メるももたん。笑
カノさんはそのままガブリ。 いつでも食べれますもんね。笑

梅ヶ枝餅もちは、パリパリでもっちもちで、とっても美味しかったです*
すっぱいのかと思ったら甘かった!!美味しかったです〜!



博物館では虫にハマった桐島ですが(虫の詳細はこちらへ→http://www.kyuhaku.com/pr/collection/collection_info01-2.html)太宰府ではポケモ…いや、「うそ」にハマりました。笑
あぁぁ!!こんなポケ●ン居たよね!進化しそう!!!と、興奮。笑

…大変失礼かましてますが…うそさんは、れっきとした神様だったりします…。笑

漢字で書くと鷽さまです。


「木うそ」「紙うそ」「布うそ」と、うそ様グッズも盛りだくさん!!笑

う…うそ様可愛いすぎです!!!(><)

三白眼がたまりません。笑


うそさまは、うそ替えという神事をするらしい。

『うそ替えは、太宰府天満宮で1月7日に行なわれる。 夜になって明かりを消した境内で、参拝者は木製の鷽を交換しあい、1年間についた嘘を、天神様(菅原道真)の誠に替えてもらう意味がある』
らしい!!!

なんか素敵だ…うそさま。。。



そして。よーこさんカノさんお勧め雑貨屋さんカフェで休憩*
此処、ほんっっっとに可愛いくて。思わず端から買い占めたくなってしまいました…。
なんでこんなにお手頃なの!?ゼロ一個足りなくない!?と、思う事多々…。。。

カフェスペースも貸切で。本当に和みましたよ〜。

3人は「自家製レモネード」で満場一致だったのに、ももたんが「梅アイス」を注文。笑
いや、確かに天満宮って梅だけど!笑

「梅アイスぅ〜!?」と、非難ごうごう。笑



あまりにも面白かったのでちょっと吹き出し入れてみました。笑



何だか超リアルな写真です。笑
みんな素すぎる。笑




梅ソフトは、梅の味でした。笑
僕は「思ったより『梅』じゃない」って、思ったんだけど三人は

「いや、思った通りの 梅 だよ!!」と。笑

すっぱいのが苦手なので。もっとすっぱいのを想像してました。笑
うん、でもあれは。ただの梅の味だったね…。笑

可愛いものと美味しいものと楽しい空間が在るって幸せだなぁ。
なんて。思ったりして。

帰りはまた太宰府を通って、博物館を通って葉子さんの車へ。
福岡空港まで送って頂きました(><)
本当に、本当に。ありがとうございます!(><)




そして。ももたん。
三日間、ありがとうございました*
言葉じゃなくても、同じ時を交わして、撮らせてもらったこと、撮ってもらったこと。
本当にありがとうございます。



世界には僕が知らない事が、こんなにある。
まだまだ、判らなかった事が、こんなにある。
それが本当に嬉しくて。楽しくて。しあわせで。

僕はもっと、色んなものを得る事が出来る。
もっと、色んな事をすることが出来る。

そう、思った。初、九州旅行でした。
南九州にも行きたいので。博多ラーメン。もっと食べたいので。湯布院行きたいので。

また、行きます、ね。笑

ありがとうございました。 きゅうしゅー!!




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福岡への旅@前半戦



旅は、続きます。進路を北東へ。
友人の住む土地へ。初めて行きます。

何年か前に、「いつか行きますね」と約束したきり。
いつ行くか。迷ったり考えたりしたものですが。
行くべき場所は時期が来れば、行く事になるものだと思いました。

『人にはそれぞれ「自分が行くべき場所」というのがある。
 どこへ向かうのか決めれば、自ずと次に行くべき土地が見つかり、
 またその次へと繋がっていく』

と、いう文章を思い出しました。



初めて乗る電車。何だか豪奢な作り。
真っ白に黒のライン。きりりとした印象。
床は色違いの木の張り合わせ。なんてお洒落な列車。

思わず、写真を撮る桐島。
鉄道好きかと思われた模様…。笑



海辺を旅する列車が一番好きかもしれません。
森の中を旅する列車も好きですが、何もない空間を駆け抜ける感覚が、浮遊感に近いからかもしれません。
草原や、湿地帯を駆ける列車にも。乗ってみたいと思います。

この日は雲の流れがとても早くて。
透明な青空をどんどん青く染めてゆくようで。
白の陰影とグレィの諧調がとても丁寧で。
マグリットの空よりも、もっと現実感があるような。不思議な空でした。



この上の2枚は車窓から撮った写真なので、一瞬の、世界です。
僕はこの地に降り立っても、いません。
けれど、こうして静止画として手の中に画が残るというのは凄いなぁと、思うのです。
1/1250秒の刹那に、僕は確かにこの世界に居たという証明、なのです。

写真は世界の事象という意味での真実は写しませんが、自らの心の真実は写します。
真実、というよりは、投影、ですかね?
嘘をつきたければ、嘘をつくし。心に何も無ければ、想いは何も写りません。
そういう意味では在る意味での真実、なのかもしれませんが…。笑



長崎を駆け抜けて、佐賀県へ。そして、福岡県へ。
小さな改札をくぐると、見慣れた笑顔。知らない土地で、知っている顔を見るとほっとするのは何故でしょう。
やはり、どこか不安があったのでしょうか、ね。

でも、この二人の笑顔は。どこで見てもほっとします。
葉子さん。カノさん。
京都ぶりです。来ちゃいました。行っちゃいました。
笑顔で、会えるというのは、とてもとても幸せな事です。




コスモスの香る広大な野原。
世界の果てが見えるんじゃないかと。思うくらいの、広大なコスモス。
こんなに広いのは、初めて見ましたー!と、興奮する僕ら。
嬉しそうに、案内してくれる二人。

元気で良かったねー。って、何故かコスモスに言われた気がして。
うん、元気だよー。って、シャッターを押します。



関東よりも、なんか大きな気がするコスモス。
僕の背よりも高い子が居たりして。びっくり。

しかも、みんな嬉しそう。
台風で、ちょっと倒れてしまった子もいたけれど。
風に揺れる嬉しそうな花を見るのは、本当に幸せな気分になります。

コスモスの香りも、キライじゃないです。
花の、香り。



髪の毛ふわふわの葉子さん。
この前はカノさんがふわふわだったのですよ。
今回は逆になってて可愛い。笑

こんな髪の毛、憧れです。いいなぁ。いいなぁ。と、ひとしきり羨ましがる桐島。笑
綺麗な巻き毛は憧れです。パーマでも、憧れなのです。(←かからない人)
ストレートの毛も、羨ましがられるけど。それは、それ、なのです。。。



そして。お昼は二人のお勧め地元イタリアン。
なんか、普段文字で見てる場所や、話に聞いていた場所に実際に行くというのは不思議な感覚で。
想像上のモノが急に現実になってしまったような、不思議な錯覚で。
でも、実際にはずっと其処に存在していたもの、なだけなんですけど。
リアリティというものも、実に曖昧だなぁ、と思った僕です。

ランチはコースでいただき。
デザートまで美味しかったです* 栗のジェラート美味しかった〜!
選べないってのがニクいですね。笑
そういうの、好きです。ほんと。福岡産海老、美味しかった!!

そして…後半戦へ続く!



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長崎の旅@グラバー邸+α



ランチは、古い洋館のカフェ。
少しだけ高い場所に立つ品のいい建物。
ずっと、ずっと昔からあったようなそんな空気。

雑貨も置いてあってお客さんは地元の人が多め。
おひとりさま、も。多め。
そういうカフェはいいカフェ。
観光客の僕らも、気持ちよく居られるのは、いいカフェ。



丁寧に作られた料理をいただくと、お店でもお宅でも気分がいいのです。
人は、自分が食べるもので作られるから。
自分が誰かに料理を作ってあげられる機会がある時は出来るだけ愛を込めることにしています。
自分の手から生まれたものが、誰かの身体の一部になれるなんて。
すごいことだと、思うのです。

丁寧に作られた料理は、判りますから。
頂くときは本当に幸せな気分になりますね。




長崎は坂が多い街だと聞いていましたが。
思ったよりは、少なかった気がします。

僕が育った土地も海が近くにあって、山が近くにあったからでしょうか。
少し斜面を登ると海が見えるのは懐かしい気分になります。
海が見えてくると気分が晴れやかになるのは、本当に不思議な感覚です。

でも長崎市内は湾になっているので海の反対側がすぐ見えるのは不思議でした。笑
横須賀はこんなに近くに向こう岸が見えませんからね。笑
とても天気がいい日には千葉の工業地帯が見えましたが。
鎌倉側からは太平洋しか見えないので。何処までも、海。でした。
地形と記憶って、不思議です。

価値観とか、記憶とか言う名前のモノは、本当に個人的な事で。
自分自身以外の人にはまるで当てはまらないものなんだと。いつも思い知らされます。

そして、世界は広く。自分はこんなにも無知なのだと。いつも思い知らされます。



古い洋館に存在しているのは、誰かの、記憶でしょうか。

古いお屋敷というのは、その建物を望んで創った主人は亡くなって居ます。
当たり前のことですが、人が居なくてもモノは消えません。
人の寿命というのはそれほど長いものではないのだと。
つくづく思います。


望みや願いは消えませんが目には見えません。
それを誰が思ったかは、さほど重要ではなくなります。
存在しているという事実だけが残るのです。
理由が無くなり、結果だけが残る。
そして、その結果をどう捕らえるかによって。
また、存在の形そのものの位置づけが変わるという面白い現象が起こるなぁ、と。
思いながら。主人が居なくなってなお美しい建築物を僕は眺めていました。



こういう理由で創られたお屋敷ですよ、と。話を聞いてもそれはひとつの情報にしかすぎず。
現在此処にあるのは、ただの綺麗な建造物なのです。
マリア様と同じく、理由なんてものはあまり意味の無いものなのかもしれないと。
感じる人間の心が、全てを創るのだと。
そう、思って見てゆきました。

使い込まれたアンティークの調度品。
絨毯が轢いてあったであろう広い室内は閑散としていて、かつての荘厳さはありませんが。
逆に、そぎ落とされた静寂な空気に。僕は感じました。
静かに前を向いて佇むような。そんな空気感。
シャッタを押してゆくうちに。研ぎ澄まされてゆく感覚と温度。
静かに、水の中にもぐってゆくような不思議な錯覚。
人がたくさん居るのに、誰も居ない錯覚。
対峙しているのは、被写体でも無く自分でもなく、時間。かもしれない、と。
そう思ったり。して。



記憶というのは、ひどく個人的なものだと、思います。
感覚 に、近いものかもしれません。

自分自身が掴み、解釈し、理解したもの。
同じものを見ていても、同じ記憶にはならない。

だから、個人が覚えていることに、価値がある。
忘れない。ということに、意味があるのだと、思いました。



約束は、守られなくても意味が在る。
あなたが忘れなければ、意味を持って存在することが出来る。

その言葉の意味を僕はずっと考えていました。
今は、ぼんやりと。少し判ってきたような気がします。

感情というものは、動くものだけが強いわけではない。
特別なものだけが、尊いわけではない。




掴む事ではなく、掴もうとすることに、意味があるのかもしれません。
本質は掴むものではなく、求めてゆく過程で判るもののかもしれません。
白い壁にぽつり、と佇む木の椅子に。
白い手をかけて立つ姿は本当に綺麗で。
僕はただ、シャッタを押していただけでした。
何を綺麗だと思うか、何に心を打たれるか。
それは、人それぞれです。
それでも、されるままではなく。自ら選んでゆきたいと。
思ったのでした。

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長崎の旅@大浦天主堂+α



ステンドグラスの聖堂。祈りは誰に捧げているものなのか。

幼い頃、友人に連れて行ってもらったクリスマスのミサ。
一心に手を合わせ、目を閉じる人達。
誰に、何をしているの? と、大人に聞いた。

カミサマに、祈りを捧げているのよ。 と、シスターが教えてくれた。

けれど僕は、

カミサマってあの人のこと? と、牧師を指し、シスターが違う。と言う。

カミサマは、私たちには見えないのよ。でも、いつでも共にいらっしゃる。と、言った。

見えないのに、居るなんて幽霊じゃないか。と、思ったけど言わなかった。

じゃぁ、イノリ、って何?とも、思ったけど聞かなかった。




僕はあの頃よりは比較的長く生きて。宗教というものを知った。
「祈る」という言葉の意味を知り、「神様」という代名詞の意味を知った。
しかし、どちらも実体は無いものだった。

実体のない事はたくさんあることも、知った。
目に見えるものが全てではないことも、知った。
人が知り得る事が世界のひと欠片以下にもならないことも、知った。

それでも、知りたい。

と、思うのは何故だろう。

あの時シスターに聞いた事の答えは、自分で見つけなければならない、と思った。



薄暗い聖堂の中にぼんやりと浮かぶのは、過去の記憶と今の記憶。

見つけたかったことは、カミサマでもイノリでもなく。
そういう、コトバにはない事。

見えないものは、掴む事が出来ない。
けれど、存在している事の証明は出来る。

カミサマも、イノリも、存在している。
見えない事は、存在しないことではない。

強く、想うこと。

そうすることで、存在出来るモノが、世の中には 在る。





見えないけれど、掴めないけれど、確かに存在するもの。
約束、のような。もの。

カミサマも、イノリも。
強く想う事で、自分の中には在り続ける事が出来る。

でも、人も同じなのかもしれない。

想う事でしか、存在出来ないのかもしれない。

想う事は、求める事とは。違う。

それは、願い。

願いと、祈りは、違う。



求めるのは、自分の内側へ向かって、だけ。
そしてそこで、溶けてゆくだけの感情。感覚。言葉。記憶。

そして、溶けてしまったものは。無くなりはしないから。

ずっと、自分自身に成って。
糧になってゆくのだと、思いました。




小さなにゃんこ。

教会の階段の横で出逢って、僕らにべったり。
シロクロのお洒落さん。





桐島の脚がたいそう気に入ったらしく(特にブーツ…)すりすり。



お前は良い子だね、と。なでる。

賢い猫はカミサマの遣いだと、古い北欧の民話で幼い頃に読んだ事を思い出す。

人を視ているのだと、書いてあった。




僕は何かを視ているのだろうか。
誰かの、心か。僕の心、か。

とても天気が良くて。気持ちよい日で。
もうすぐ冬がやってくるというのに、5月のような心でした。
冬は全てを終わらせて眠りにつくような季節。
初夏は、これから芽吹く目覚めの季節。
全く違うのに、何故。そう思ったのかは不思議ですが。

長崎の風は本当に気持ちよく。
滞った僕のくだらない思考を流してくれるようです。



いつだって考えている事が在ります。
けれど、それは終わらないから意味が在って。
終わらせない事に、意味が在るような気がして。

ずっと、ずっと。ぐるぐる、何処にも繋がらない思考。
そうすることに、意味があるだけの、思考。

きっと。それは、僕の、イノリなんだと。
思う事に、しました。






僕のカミサマは、僕の中に居ます。

決して折れない、強い自分の ココロ です。


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長崎の旅@浦上天主堂

唐突に長崎に行こう、と。思ったのでした。

なんで長崎なのか、ちょっと自分でもわからなかったんだけど。
教会に、行きたかったのかな。
此処数年、教会というモノに興味を持っていて。
人の信仰というか、心の行く先や拠り所というモノに興味があるのです。
人が何かを「想う」ということ。祈りという形になって昇華されてゆくこと。
信仰というのは、ただ。信じること。
僕は宗教家ではないのですが、宗教というシステムは、
自分を信じるか、何かを信じるか、という過程の違いであって。
結果としては「成す為の手段」でしかないと思うわけです。




心穏やかに生きることであったり、誰かに優しくするためにあったり、
何かを成し遂げるための決意であったり、いろいろ。ですが。
その契機というか、心の支えなのかな。と、思うのです。

祈りとは、結果も答えもないモノ。
それだけで完結するモノ。

僕はその答えを知りたい。
探究心というよりも、好奇心です。



長崎といえば、原爆。戦争。
僕は戦争遺跡や文献、写真、映画など。
全て苦手です。

「怖い」のです。

人の負の感情。個人の意思を持たない行動。
抑揚した感覚。集団意識。
正義というものは、時代によって変わります。
悪も、時代によって変わります。

善悪なんて本当は何処にもないのに、それを振りかざす意識が。
僕はとても苦手で。

繰り返してはいけないといいつつも何処かで起こっている事実も矛盾して。
かといって、何も出来ない。感じたくない自分への嫌悪。
その全てが「怖い」のでした。

長崎も広島も、人生で足を踏み入れないであろう場所だと思っていました。
けれど、何故か。行こう、と。思ったのです。




まず、向かったのは浦上天主堂。
此処は爆心地。
首の無いマリア像が有名な教会。
原爆で吹き飛ばされ、眼球を失ってなお存在するマリア像。
生きている間にこの眸で、対峙するとは思っていなかったです。

綺麗に修復された大聖堂の前で、瓦礫を積み上げた柱の上で鎮座するマリア様。
僕は見ることが出来るだろうかと、怖かったのです。

目をそむけてしまわないか。
もしくは、
目を離せなくなってしまわないか。

被爆したマリア像。
戦争で首を失ったマリア様。
此処は爆心地。
たくさんの人が無くなった地。
戦争をしてはいけない。

実際に文字にあったり、無かったりしたけれど。
誰もが口を揃えて、そう言う場所です。

ある番組でマリア様の失った首の映像を見ました。
普段は公開することのない祭壇に安置されているそうで。
被爆した人と、その家族だけが見れるそうです。

僕はそのマリア様の首を見て。
涙が止まらなかったのです。
何故だかわからないけれど、感情が抑えられず。
ただ、ひたすら涙を流していた事を覚えています。
こんなに感覚が揺さぶられるのは何故だろう。
恐怖ではない感覚。

この人に会いたい。
このマリア様は、本当はどんな人なんだろう。

「被爆したマリア様」じゃなく。
「マリア様」に、僕は会いたい。
そう、思ったのでした。

平和公園の長い階段を抜けて。
路地裏を通り、少しだけ急な坂を登ると、
マリア様が居ました。

高い位置から長崎を見下ろす柔らかな肩。
胸の前で組んだ手はロザリオを抱いて。
斑点状に腐食した身体は鉱石のような翠。



煉瓦に絡まる蔦が、マリア様にも絡まり。
肩袖から、首元から、新芽が立ち上がっていました。

それは、生命力に満ち溢れ。
人間の意志とは関係なく、時間の流れが生んだ造詣。

マリア様はひとつの生き物のように、
やわらかく、佇んでいました。

それは、あちこちのキャッチフレーズにあった
「戦争」や「原爆」といったモノは感じられず。

僕は「怖い」とも「かわいそう」とも、思わず。

植物のような、マリア様が、ただ ただ。綺麗で。
本当に、本当に、ただ綺麗で。

首が無いとか、被爆した、とか。ではなく。
ただ、そこに存在する、マリア様として美しいと思ったのです。



宗教というのは、誰かの為にあるわけではないと思います。
教会というのは、何かの為にあるわけではないと思います。

誰が、何を祈ってもいい。そういう場所だと、思うのです。
祈りという行為で、何かを昇華する。
自分の中で生まれた感情を、自分の中に溶かし込む。
そして、また。違うことを成してゆく。

このマリア様は、本当に穏やかで。静かで。
全てを赦すというのは、こういうことかと。
慈愛という言葉が頭に初めて浮かびました。

こんなに綺麗なのに、こんなに穏やかなのに。
僕は誰かが決めたフレーズに囚われて本当に綺麗なものが見えなかった。

もちろん、そういった側面を教訓としてゆくことも大切だと思います。
歴史というのは人間の為にだけ、存在していることだとも、思います。

でも、それで。
綺麗だという感覚までも無くしてしまうのは勿体ない。
眸と心だけはいつでも自由で居たいと思っていたのに。
捕らえていたのは、やっぱり、自分自身でした。



あぁ、この綺麗な人は誰かに似ていると思っていたら。
僕の大好きなサモトラケのニケに似ているのだと。

ようやく、気がつきました。

見えない腕。
見えない首。
それでも、美しと思う人の心。

ニケも、凄惨な歴史の証人であったかもしれない。
けれど、今。それを知るものは居ない。
彼女は、ただの綺麗なニケです。

それは、花が綺麗なことと、同じ。
ただ、綺麗なこと。 一番中心の感情。
綺麗なものを、綺麗だと思う感覚。
それだけは、鈍らせてはいけない。

真っ直ぐな心で向き合わないと、本当に綺麗なものは、
応えてもくれないと。僕は、思います。



首の無いマリア様。
あなたは本当に綺麗で。

だんだんと暮れる空が本当に綺麗で。
広がってゆく雲が大きな翼に見えました。
それは、あなたの心そのもの。
透明で、掴めない、美しいニケの翼。



浦上天主堂のマリア様は本当に綺麗な人でした。
信仰というのは誰のために在ってもいいものだと思います。

けれど、此処は爆心地という事実は曲げられず。
それによって、生きていけなくなったたくさんの人が居る。
信仰という形で救いを求める人がたくさん居る。
それはそれで、ひとつの答え。ひとつの真実。

けれど、僕自身の答えではいという、ひとつの事実。

僕の答えを、ようやく見つけました。



怖いのは、戦争でも無く原爆でもなく。
首の無いマリア様でもなく。

真実を見つけようとしない愚かな心や。
些猥な価値観に固められ、濁った眸や。
自分自身の答えを見つけられない愚かな心でした。

世界はこんなにも美しい。
あなたはこんなにも優しい。

僕はそれを、見つけることが出来る。
僕はそれを、感じることが出来る。

いつだって心は自由なはず。
想うこと、祈ること。

もっと、僕を自由にしてあげよう。
傷つくことを恐れず心を開いて。
綺麗なものも、そうでないものも、
全て。全て。受け入れて。

もっと、自由になろう。と。

マリア様に、誓った桐島でした。



路面電車のレールが光る道路に、古いビルの中にある小さなカフェ。
これが普通なんだよ、と。嬉しそうに笑うおじさん。

長崎は綺麗な街です。
綺麗な空気が吹き抜ける、本当に綺麗な街です。



行ってよかった。
長崎が、綺麗な街だと。思えて良かった、です。




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夏のグリングリン★



二ヶ月ぶりに。伊香保グリーン牧場に行ってきましたよー!
わーい。わーい*

個展が終わったら、行こうと思ってたのです。
終わる前に行ったら、写真撮りたくなっちゃうし。笑
展示期間中にもっといいのが撮れたら困るし! と。笑

久しぶりのグリングリンは…



 刈 ら れ て ま し た ! 笑
 
ちょ…!!!スマ…!!! 笑

ちこさんに「宇宙人みたいですよね〜。笑」って言われて納得。
ヤギというよりも。むしろ宇宙人。笑

でも可愛いですよー。
スマもグリコもぱっちも、みーーんな宇宙人になってました。笑



で。これは今年生まれた子たちのところ。
こっちはまだ刈られてないのでふっわふわです*

すやすや。かわいい〜〜〜!!
この子は…かまぼこかな? (注:名前です)



久しぶりのグリングリンは。なんでか。羊が寄ってくる。笑
撮ってると何故か、羊まみれになってしまう桐島。
ちょ…近すぎて撮れないんですけど…。と。笑



大人を撮ってても。こんな状態。

おー。久しぶりだなー。おめぇ。

と、言っているかどうかは判りませんが。笑
なんか。嬉しい。



そして。前回逢えなかった ヤムチャ に逢ってきましたよー!
(何故か背景に咲真くんが入ってる…。笑)



ヤムチャ〜。
この子は、本当に可愛いのです。
ちこさんが一番可愛いって言うの、判ります。笑

この笑顔見せられたらやばいよねー。



一緒に居たちこ(羊の方のちこね。笑)は刈られてたのに。
ヤムチャはまだもふもふでした。
上から撮ると和菓子か繭みたい。笑



ダイエット中だったって聞いてたんだけど…。
効果はあったのかなぁ。笑
しかし可愛いのです。笑


久しぶりの羊まみれに…。本当に羊しか撮ってませんでした。笑
やー。愉しかったです*

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